episode7~考え事~

episode7~考え事~

考えるのはキョウのこと。


仲良くなるにつれ、誰かに見下される玩具やピエロになるのが怖くて、キョウに近付いたけど、私もキョウをピエロにしようと見下し始めるのが、逆に怖くなった。



それが嫌でキョウに白状して終わろうとした。


でもキョウはそれでも一緒にいてくれると言った。


これからもっと仲良くなって、いつかどちらかがピエロになるのではないかと心の奥で恐れているけど…キョウがまだこのままでいいじゃないかと言ってくれたから、これからもウダウダしていきたいと思った。




それはいい。



不安なこともあるけど、そこはもういいのだ。



考えるのはキョウのこと。


でもそれじゃあない。



そもそもキョウに対して優越感に浸れて、強気でいれたのは、少なくとも彼が私に好意を持っていると踏んでいたからだ。


……がしかし。



『おれ…珠恵子さんのこと、好きとかそんなんじゃないんで…』


『…そうですね。』



私はもしかしたらとんでもない勘違いをしてるかもしれない…。


別にキョウは私のこと何とも思ってないのかもしれない。



彼はシャイで純真でおそらく女慣れをしていない。


ただそれだけの親切な人かもしれない。



…って考えたら、好意持ってもらってるなんて思ってた自分が恥ずかしい!!



鉄橋下で昼間からお酒を飲んで、大の字になった。



考えるのはキョウのこと。



それもこれも、ここのとこ最近キョウに会えてないせいだ!!


今日もキョウに会えなくて、一人でここにいる。


キス未遂二回目の夜の次の日、キョウにそう宣言された。



「珠恵子さん。あの…明日から…こんな風に会うことが出来ません…。」


「…え?」



完全に前回のキス拒否のせいだと思った。



この日は最初からぎくしゃくしてて話すのも気まずい感じの第一声がそれだから、確実にそう思った。



…というか、自分が拒否った時は普通にしてたくせに、自分が拒否られた時にそんなことを言うなんて、キョウこそ都合良くないか?とだんだん逆に腹が立ってきた。



「……なんで?」



目を細めて思い切り睨みながら、冷たく聞いた。


始めは自分も会えないとか会わないとか…好き勝手にやってたし、万が一キョウから連絡がなくなってもしょうがないぐらいに思ってたのに、こんなムカつく気持ちになるなんて思いもしなかった。



「前にも言ってましたが実はもうすぐ…」



話の途中でキョウは私の顔を見たようで、話している途中なのに言葉をとぎらせた。


その時はじめて睨まれていたことに気付いたみたいで、まさか睨まれているなんて思ってなかったように相当驚いている。



「…もうすぐ…何よ?」


「…えっと…」


「何!?」


「…何か怒ってます?」


「別に!!!!!」



あからさまな態度で不機嫌さを強調してしまった。


私としてもこんなに怒っているつもりはないのに、口が先走っている。


自分でも何がそんなに気にくわないのかわかっていない。


しばしの沈黙を破ったのはやはりキョウだった。



「…え~っと…もうすぐ俺、試合なんすよ。」


「…」



そういや以前、聞いたことがあった。


そしてチケットもすでに貰っていた。


確かチケット代、払ってなかったような気がしてきた。



「あー…ごめん。チケット代っていくらだっけ?」


「い…いえ!!あれは俺が誘ったんで俺の奢りです!!」



「…じゃなくて!!」とキョウは話しを改めてしはじめた。



「それで俺、試合までの間ジムの会長さんが特訓してくれるそうなんです。」


「特訓?」


「そう、特訓。」



特訓と言われて、必死で走るキョウの横を自転車で追い掛けるまだ見ぬ会長さんとやらを想像した。



「もっと強くなったら専属のトレーナーさんとかがついててくれますが、俺にはまだいないんですよ。」


「…ふーん?」



格闘技の世界って未だにわからない。



「今まで一人だったから、こうして鉄橋下で会えましたけど、今度から誰か一緒にいますので、ここを止まることが出来ないんです。」


「あぁなるほど。じゃあ…」



空いてる時に時間作って、場所決めようか



と思ったけど、言えなかった。


付き合ってないのに?

わざわざ??





「…じゃあ、会えないね。」


「はい…すみません。」



だから何故謝る!!とイラッとしたけど、彼をそこまで責める理由が思い付かなくて、黙っていた。



「次は多分、試合の日になりますかね…」


「…ん。」


「来て下さいね!!」


「うん。」


「メールもします!!」


「…わかった。」



私は何故か拗ねてしまった。


そんな権利は私にはないのに…。



考えるのはキョウのこと。



私は勘違いに続き、更に重大なことに気付いてしまっていたのだ。



私達の関係って…何?



知り合って1ヶ月半…ってところだろうか。



友達って柄でもないし、どこか遊びに行ったような経験もない。


彼のこともあまりよく知らない。


かといって知人に収めるには味気ない。


彼とは色々ありすぎた。



お互いにキスを求めたことはあるけど


恋人なんて…



もっとありえない。


キョウとの関係が非常に曖昧である。


しかし、もうキョウは私の毎日の生活の一つとなりつつある。



鉄橋という屋根があったから、雨だって関係なく会っていた。


まさかこんな晴れの日にキョウに会わないなんて、不思議な気分だ。



キョウに出逢う前はこうして一人で河川敷なんて当たり前だった。


キョウに会えないとわかっていながら、毎日ここに来ている私はどうかしている。



メールはくれるものの、忙しいのか疲れているのか夜の1通ずつしか出来ていないし、何時に走っているのかも教えてくれない。



私はどっかおかしいのかもしれない。


あんなに頓着しなかったスマホを終始気にしたり、距離を縮めることにビビっていたくせに、キョウとのこの距離感を歯痒く感じている。


キョウは…私のことをどう思ってるんだろう…。



明後日から12月に入る。


キョウの試合まで2週間切ったわけだが、まだまだ先のように感じる。



もういっそのことこちらから連絡とって、会わないかと誘ってしまえないだろうか。


それに今になって思ったことだが、そもそも意識しすぎた気もする。


なんの関係でもないんだから、最初からサラッと時間合わせて場所を決めようと言うこともできたのだ。



しかし数日たっている今それをいうのはどこか不自然である。



また私だけがこんなにウジウジ考えているというのが、ムカつく。


はじめにあっさりと会わないと言ったキョウ。


キョウはやっぱり私のことを特に考えたことがないのだろうか。


日曜日。


いつもはキョウと会っていたが、それがなくなれば暇すぎる。


平日は大学があるからまだいいとして、休日は本当にやることがない。


なさすぎて、ズボラな私が部屋の掃除まで始めてしまっている。



暇って恐ろしい…。



…―ブブブ


夕方近くになり、掃除も終わりを迎えるころ、スマホが鳴った。



多分いつものキョウのメールだ。


今日は珍しく早い時間である。


いつもは一通りの練習メニューを終わらせてからメールがくるので、夜遅くに来る。



ゴミを一旦、外に出してからメッセージを読もうと思ったときに異変に気付いた。



…―ブブブ


これってもしかして…



…―ブブブ



電話!!?


急いで取った。



「も…もしもし!?」


『あ…もしもし…俺です。』



急いで取ったせいでディスプレイの確認もしなくて、『俺です。』なんて言われても『どこの俺俺詐欺ですか?』と聞いてやりたいところだが、残念ながら誰だかわかってしまった。



『あの…珠恵子さん?』



低く、遠慮がちに囁いているキョウの声を聞いて泣きそうになった。



『珠恵子さん…俺です。』



そしてキョウに名前を呼ばれてドキドキした。



「うん、聞こえてる。」


『あ…どうも。なんか…久しぶりですね。』



機械を通して、キョウがフフと笑って息がこもる音が聞こえた。


毎日やりとりをしていたけど、久しぶりという感覚は私にもあった。


こんなにも連絡を取り合っていたのに、これがはじめての電話なのだ。



「そうだね。どう?特訓は?」


『はい!!気合い入れて頑張ってます!!珠恵子さんが来るのに負けるわけにはいきませんから!!』



名前を呼ばれて不満も忘れて嬉しくなったけど…


すぐに不満になった。


声だけで満足出来なくなったのだ。



ねぇ…なんで電話したの?


君の気持ちがわからない。



「…無理だけはしないでね。」


『あはは!珠恵子さんが優しい!!そういやもうすぐ12月っすね!大丈夫っすか?』


「あー、平気平気!キョウこそ試合前に体調崩さないでね…」


『俺も平気っすけど、今河川敷ヤバいですよ!!珠恵子さんは来てないから知らないでしょうけど、最近河川敷ほんと寒くなったんです!』



知っている。


この季節、水辺の近くで息を白くさせて君を思って待っていたと知ったら君は笑うだろうか。



『今度来たら珠恵子さんもびっくりしますよ!!たまに水も凍ってますし。写真送りましょうか?珠恵子さん、最近は返事早くなりましたしね。』



物足りない毎日に君のメールがどんなに待ち遠しいか知らないのは君の方。


君に好かれて手に転がしていたつもりが、君にすっかり転がされている気分だ。


ミイラ取りがミイラじゃないけど、そんな私を君は笑うだろうか。


勘違いと気付いた今では君の気持ちなんかわかんないけど、君が私をどう思うかの前に、私が君をどう思っているのかがわかってしまったから…


これからどうすればいいのかは明白になった。



「ねぇ、キョウ。」


『…はい。』



君が私をどう思ってるかわからないから、とても怖いけど、それはこぼれるように発してしまった。



「…会いたい。」



試合前で忙しいのはわかってるのに、なんでこんなワガママになったんだろう。



『…』



この無言がどう意味しているのか、顔が見れないから余計わからなくて怖い。


だから今すぐキョウの顔を見たい。


今すぐ会いたい。



私はいつからこんな我慢の足りない人になったのだろう。



『…俺、今日はもうトレーニング終わったんですけど、駅で待ち合わせしません?』


「…え?」


『なんかメシでも食べましょう?』


「…うん!!」



キョウが好き。


好きで好きで会いたくて、今すぐにでもそれをキョウに言いたいのに、そう言ったらキョウがどう反応するのかわからなくて、言いたいのに怖くて言えないなんて



そんな矛盾した私を君は笑うだろうか。



でも会ったって、またしてほしいことが増えてくるかもしれない。


次は一体、何をガマン出来なくなるんだろうか。




今日も


考えるのは


君のこと。

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