episode6~好き~

episode6~好き~


珠恵子さん?


あなたはずっと…


何に傷付いてきたのですか?



「ちゃんとわかりやすく、最初から話してください。」


「…全部?」


「はい!!」


「…」



もともと自分のことを喋ろうとしない人だから(最初の名前にしても、住んでるとこにしても、あの夜の泣いた理由にしても)この時点で素直に全部喋るとは思えなかったが、彼女が話し出すのを待つしかなかった。



「…………小学校の入学式に新しい友達が出来たの。」



話し出すのにかなり時間がかかったが、ようやく話してくれた。



「仲良くなって、親友みたいな関係になった。」



何故そんな話しから始まったかはわからないが、ひたすら聞いていた。



「親密になっていく内に、仲良いからこその冗談っていうか…親しいから出来るイジリっていうか…」



みんなで遊んでて自分だけに悪口をみんなの前で言ったり、自分だけに突然の無茶ブリされたり…


そんな言葉が続いた。



それは親しいから許せる冗談。



「その子も笑いながら私に意地悪したり、私も笑いながら『やめてよ!!バカ』って言い返してたし、それを見た周りも笑ってたから、何も問題なかったの。二人で漫才してるみたいだった。」



喋る度に珠恵子さんの顔はどんどん下を向いていった。



「いつの間にか、その笑いがおかしくなってきて…」



クスクス…


クスクス…



「漫才じゃなくて…私はピエロだった…。」



クスクス…


クスクス…



「始めから変だったのか、だんだんエスカレートしたのかわかんない…ただ私が“それ”に気付いただけ…」


「…何…されたんですか?」



珠恵子さんは首を振る。

細かくは思い出したくないと。



「高校に上がってその子達と離れて友達もやり直せると思ったけど…仲良くなるということは…何かをしても許せる関係になる…許せる関係の左記にある、紙一重の【誰かに見下されるピエロ】。それが怖くなった」



自分の膝のうえに拳を作る珠恵子さんは泣いてるかと思ったけど、堪えている様子だった。


それに声は意外にはっきりと続けられた。



「仲良くなったり冗談言えたり出来たけど…どっかその裏が怖くて…誰かと距離が近くなるのが怖かった。」


「珠恵子さん…」


「高校時代にはっきりと何かあったわけじゃないけど、そうして高校も卒業して、大学もなんとなく入って…もう一度、交友関係を作るのに疲れてしまった…。サボり癖がついたのは去年の今頃…最初は2月に一回休むのが…だんだんペースが多くなって…」



そうして春から見かけるようになったのか…



「…」


「珠恵子さん?」



また黙り出してしまった…


大丈夫だろうか…



「…キョウ。」


「はい。」


「本当にこれから聞くこと嫌だと思わない?」


「…聞いてみないことには…」


「キョウをバカにしてることなのに?」


「でも…珠恵子さんの話、大事なことなので。」


「…君は私じゃなくても誰かに利用されそうだね。」


「え?」


「はじめは暇潰しだった。」


「…何が…」


「キョウとメールするのも会うのも。」


「…」


「気が向いたら会ったり、返事したり。イジメもボクシングも安易でバカだなって。バカにして、そんな風になれて、単純でいいわねって見下して…」


「…」


「…安心した。」


「…」


「私はまだマシだって…。でもキョウもめんどくさくなって…会うのもやめようと思った…けど」


「…けど?」


「その時、たまたま大学の友達が…その…笑ってるのが聞こえて…」


「笑ってる?」


「言ってることはッッ…冗談なんだろうけど…やっぱり…怖くなった。」



あぁ…なるほど。



「その夜…キョウが来てくれた。」



なんとなくわかった。


あの日の夜のことだと…。



「キョウは優しい。それに弱気だから…悪口とか言わないのわかって…怖くない。」


「別に優しくなんか…」


「…絶対手を出さないのも、その時にわかったし…」


「…」



その部分はどこか複雑になったというのは彼女には黙っておいた。



「本当は、面倒なはずなのに…かまってくれて…」


「…」


「キョウは私にとって、すごく都合のいい人間だった。」



…都合のいい。



「それにやっぱり、弱気でボクシングして強くなれたって勘違いしているバカなんだって…年下だし…一緒にいて優越感が大きかった。誰かを見下して、優越感に浸れたら、私はこの世に必要だ。


この子よりも大丈夫だ。


そんな勘違いを起こしていた。」



胸が痛んだ。


なんて言えばいいのかわからず、そんな自分にイラついた。


珠恵子さんはようやくこちらを見た。



「やっぱり…嫌…だったよね?ごめん…だから…もう…キョウの前に現れないから…。」


「珠恵子さん!!!!」



思わず叫んだ。


彼女が帰ろうとしたのがわかったから。



そう叫んで珠恵子さんの前に正座した。


珠恵子さんもびっくりしたみたいに釣られて一緒に正座した。



「えっと…あの…え~~その!!」


「キョウ?」


「……手!!!」


「手?」


「…繋いでいいですか?」


「…は?」


「…繋ぎますね。」


「ちょっ…」



正面に座って膝に乗せている両手を俺の両手で取った。


冷たい。



「ココア…どうしました?」


「…鞄の中。」


「もう冷えちゃったでしょうね。」


「…うん。」


「ここまで来るまでに走った時、あれ初めて手繋いだの…気付いてました?」


「…あぁ…気付かなかった。」


「…残念です。でもそんな気がしてました。」


「…一体なんなの?」


「…珠恵子さん。なんでぶっちゃける気になったんですか?」


「…」


「このまま…黙って利用してもよかったのに…。」


「何…それ…」



俺は笑った。



「俺はそれでもよかったっすよ?」


「………。…だからキョウはバカなのよ。」



ずっとずっとこっちは泣くかと思っても、ずっとずっと我慢していた彼女はついにハラハラと涙をこぼした。



「~ウゥ…~ッッキョウぉ~…。」


「…はい。」


「今さら…こ…こんッッ…なこと言って、信じ…てもらえる…~ッッなん…て思って…ないけど~。」


「はい。」


「キョウとぉ…~会う…毎日は…楽しみだった…ゥ…ゥゥ」


「はい。」



この季節には厳しい川辺に寒いと言いながら毎日待っていたあなたを知っている。



「バカな…話して…冗談…~ゥッ…いうのも…悪く…ないって~…おもったぁ。」



ニヒルに笑ったり、耳を赤くしたり、あなたが楽しそうしていたのも知っている。



「さっき…昔のイジメっ子達にあって…ヒッ…キョウの思い聞いて…私が…お…思ってた…ただの安直な…バッッバカでもないって…わかった…」



それを聞いて一緒に胸を痛めてくれたあなたこそが優しいと思う。



「キョウは…私みたいに…ヒネくれずに…傷付いても…一生懸命に生きてるのに…ごめん!!!」



あぁ…俺は



「でも…私は…ズルいから…言い訳みたいな…ことしか…いえない。それでも!!キョウにやっぱり会いたい!!」






こんなにも


あなたが




好きです。





迷わず珠恵子さんの頭を抱えて抱き締めた。


珠恵子さんも泣いてるせいでそのまま俺の背中に手を回し、俺の腕の中で「ヒーン…」と子供みたいに泣いていた。




好きです。


それはとても自然なこと。


気付いてなかったわけじゃない。


ただその単語が出なかっただけ。


今となってはなぜ今まで出てこなかったのか不思議なくらいだ。



珠恵子さんに落ち着いてほしくてプラス照れ隠しに『好きじゃない!!』と言った夜もあったが、今は嘘でもそんなこと言えないと思った。



曖昧なよくわからない関係にモヤモヤとしていたが、今は関係を言葉に出来なくても、こうして彼女のそばにいれるだけで幸せだって思った。



「キョウ…」


「うん。」


「キョウォ」


「うん。」


「キョウォー!!」


「うん。」



泣いている彼女を泣き止ます術があればいい。


未熟な俺はわからない。


でも過去を救うような説教みたいな言葉が必要ないのは俺にもわかる。



その言葉はその時に言ってほしい言葉であって、昔となった今では『何故その時に聞けなかったのだろう』と理不尽なことを思い、憂鬱になるだけだ。



彼女もそれを知っている。


俺になんの説教もせず、ただ同じ立場で聞いてくれた。


見下していたなんて言っていたが、俺はそんなこと感じもしなかった。


時に上から導いてくれるのも必要だが、今の俺には彼女が丁度いい。


少し泣き止んだ珠恵子さんは目を赤くして「ごめん。」と言って離れた。



いとおしい。


そして少し離れたのが、寂しい。



そばにいるだけで幸せと言ったが、俺はもう新しい欲が生まれる。



「珠恵子さん…どうしていけばいいか、俺にもよくわかんないんですけど…」


「…うん。」


「もう少し俺と会ってみませんか?」


「…」


「俺も…まだ珠恵子さんと話したり、出掛けたり、したいです。」


「…キョウ。」


「まだのんびりでも…いいじゃないですか…」


「うん。」


「珠恵子さん…」


「うん。」


「…キスしてもいいですか?」


「うん。…ん?んん?」


「目…瞑って下さい。」


「え!?ちょちょ…ちょっ!!」



珠恵子さんの座っている両側に両手を地面につけ、ゆっくりと彼女の顔に近付いた。


自分でも顔が熱くなるのがわかる。


近づく珠恵子さんの顔に鼓動が早くなった。



「ダダダッッダダダダダダメ~!!!!ダメダメダメ!!!!ダメ~~!!!!」



彼女の叫びと共に彼女の両手であごをのけぞられたので、顔との距離が急に遠くなり、キスを阻まれた。



拒否られた。



すげぇ…恥ずかしいし…

すげぇ…ショック…


今ならあのあと珠恵子さんが泣いたのがわかるような気がする。



「何!?いきなり!?恥ずかしいし、ダっダっダメだってキスは!!!それに私達…付き合ってるわけじゃないのに…ダメだよ!!!」



え…?


何?


珠恵子さん…

実は純情派?



じゃあ付き合えばいいのか?


まさかの告白チャンス到来だ。


でも待て…


俺は珠恵子さんとキスしたいから付き合うのか?



…違う。


珠恵子さんのことが本当に好きだからしたくなったのであって…



このまま『じゃあ付き合う?』と言ってしまえば、肝心なことが伝わらないのでは?


じゃあきちんと『好き』と言おう!!



珠恵子さんに遠ざけられて崩れて正座をもう一度直して彼女を見た。



『好き』と言え!!




……




…おかしい…

突然の緊張…


『キス』は言えたくせに『好き』が言えない?



何故こんなにも心臓がおかしいのだ…


…というか、こんな大事なことを用意もなく勢いで言っていいのか?


珠恵子さんも不思議そうにこっちを見ている。



あ…あーも~


なんか言わなくては…!!



え~…



「…そうですね。」





『付き合ってるわけじゃないのに…ダメだよ!!!』


『…そうですね。』



お互いの沈黙が流れる。


(あぁ!!!俺のヘタレめ!!!)



君にそんな葛藤があったなんて私は知らないし



(…“そうですね”?…“そうですね”??)



あなたが意外に大きなショックを受けていたことを俺は知らない。




「キョウ…そろそろ…帰ろうか…」



「……そうですね。」


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