episode5~慰め~

episode5~慰め~


「珠恵子さん!!どれがいいですか?」


「…ココア。」



キョウが、なんか変。


なんか違和感。



いつもキョウと朝でも夜でも鉄橋下の河川敷で喋っていた。



こんな人口の光のもと、彼の顔を見るのに違和感を覚える。



「…なんか珠恵子さんがアルコールないのを選んでるって変ですね。」


「お酒売ってないじゃん。この自動販売機。」



キョウに連れてこられたのは、ショボい蛍光灯で光っている自動販売機。



これならわざわざ駅まで来なくても途中にもあったのでは?



疑問は絶えないが、キョウのおごりなので黙っていた。



それにたまには違う場所にいるのも悪くない気もする。


キョウが新鮮に見える。



「今度は時間に余裕あったり、明るい時に二人でどっか行きませんか?」



…ほら、いつものオドオドした感じが半減して、どこか上機嫌だ。


それは場所を変えたから違ってみえるってわけではない。



「…どうしたの?そんなに暖かい飲み物ほしかった?」


「……いえ、なんか一人で楽しくなっただけです。すみません。」



…あれ?


いつもの控えめな感じに戻った。


私、変な事言った?


飲み物がほしかったわけではなかったみたいだ。



じゃあ…一体…?



「あっれー!!清水!?」


「ほんとだ!!清水だ!!」



突然、若い兄ちゃんの団体に声をかけられた。


確実にキョウの知り合いだろうと思い、その団体を見ていたらキョウの背中に立ちはだかれた。



…隠された?



「おーい!久しぶり~清水くん♪」


「あれ?女の子いんじゃん!!」


「ほんとだ!!へぇーやるなぁ!!清水!!」



昔の友人っぽい。

普通にオシャレな感じの団体。

中にはキョウより地味な子もいる。


普通っぽい。


どっちかっていうと普通の様子じゃないのはキョウの方だった。



「なんだよー!!リアクションわりぃな!!おい!!」



そう…そんな感じ。


キョウが何にも喋らない。



「どうしたんだ!?おい!」



そう言って一人がキョウを突き飛ばした。


「相変わらずの根暗ちゃんですね?」


「あ?でもなんかボクシング始めたとか聞いたけど?」


「デマじゃね?デマ!!ギャハハハ!!」




…おかしい。


…というより薄々、勘づいてきた。



「彼女チャンもこんなつまんない奴おいて、俺らと遊ばね?」


「かわいい~!!高校生?」


「あはは!!すげぇ!清水、ロリコン?」



この子達はもしかして、昔キョウのこと…



「なんでこいつ何も言わねぇんだよ!!」


「シカトしてんじゃねぇよ!!!あぁ?」


「あはは!怖くて漏らしちゃったんじゃねぇの?あはははは!!!」



キョウは何も言わない。

動かない。



何も


しない。



「はぁーあ!マジつまんねぇ!!こんなダセェ奴はほっとこ!!」



団体の中から一本の手が伸びてきた。


まっすぐこちらに向かっている。



え?


私!!??



何故私なんだ?と思う間に体が動いた。


正しくは捕まれる前にキョウに手を取られて引っ張られたのだ。



「珠恵さん!!走って!!」



きつく左手を握られ、右手には先ほどのココアを持ち、何も頭が整理出来てないままキョウに手を引かれ走った。






「ハァ、ハァ、すみません。突然走らせてしまって。」



結局、いつも鉄橋下へと、また戻ってきた。


そのまましゃがんで息を整えている。


キョウのそれに合わせて私も隣りにしゃがんだ。



「ねぇ、もしかして今の人達ってキョウの言ってた中学の…」



初めて聞いた時に想像していたのと違って、思ってたよりもわかりやすい不良っぽいわけじゃないというか、悪くなさそうな普通な人達だったから、見た時は何もピンと来なかった。


もっと明らかに不良みたいな人達かと思ってたのに、普通の好青年みたいな人達で、それでもイジメがあるんだとリアルに感じた。



「…笑いますか?」


「………え?」


「『返り討ちにしてやったのか?』って聞いたじゃないですか?あれ…嘘なんです。」


「…嘘?」


「はい。恥ずかしくて、見栄張りました。俺は、何も手出せてないんです。言い返すことも出来ない。」



キョウはハハハと笑うが、その声はカラカラに渇いていた。



「ボクシングのキッカケがイジメだったのは本当です。中学ん時に。でも何もないまま卒業しました。」


「…」


「単純にボクシングの魅力にハマって、卒業してからも続けて、しまいには高校出てからも、それを職としてやってますが、それがイジメを無くしたわけではありませんでした。」



キョウは今どんな気持ちでこのことを喋ってるのだろう。



「ほんと笑っちゃうんですけど…やっぱビビっちゃうんすよ!!あいつらよりも悪そうなヤンキーとかヤクザみたいな見た目の人達と何回か試合したことあんのに。…俺は何も変わっちゃいないんです。」


「……いいよ…それで。」


「いや…大丈夫です。そんな無理矢理言ってくれなくても…」


「違う。ほんとに!……最初はバカにしてたから…。」


「…え?」



このことを言ったら、キョウはもう会ってくれないだろうか…


ずっと君を利用していた私を知ったら…



「出会ってすぐに、ボクシング始めたキッカケ教えてくれた時…バカじゃないの?って実は心の中で思ったの。」


「珠恵子さんが…ですか?」


「そう…。イジメられて、強くなって、イジメ返して、何の解決にもなんないのに…安易な発想だな…って…バカにしてた。」


「…」


「…私も昔イジメられてたから。」


「…え?」


「…だから“イジメられたから強くなった”みたいな卑しい自慢にしか聞こえなくて…バカじゃない?ってホント思った。」


「…」


「…でもキョウはちゃんと“強かった”んだと思った。」


「…?どういう意味っすか?」


「喧嘩が強くなったからって、強ぶろうとしなかったし、優位に立とうはしなかった。」


「ただ…弱いだけです。」


「でもおかげで私は無傷だし。」


「え?」


「あそこでやり返してたら私があぶなかった…と思う。」


「…」


「キョウは優しい。人が傷つくことの辛さをわかってる。“強い”ってことを勘違いしてない。キョウは…偉いよ。」


「いい風に言ってくれてますけど、なんか違うんじゃ…」


「そうかな?」


「はい。」


「私も昔、…えっと…“そんな”だったけど…人の気持ちなんて大事出来てないよ…。自分のことばっか…。」


「…」


「私ね…キョウといたら優越感に浸れてた…」


「…え?」



引かれたかな…


不安で嫌なドキドキしかしない。



「私はダメ人間なんだ。」


「…ッッ!?そんなこと…」


「あるんだって!!」



思わず声をあげた。



「イジメられたからダメ人間になったのか…ダメ人間だったからイジメられたのかは…わかんないけど…」



それはニワトリが先か卵が先なのかという話だ。



こっちに戻ってからずっと視線を合わそうとしなかったキョウが真っ直ぐと見てきた。



ダメだ…


キョウを慰めるつもりが、何故か泣きそうになってきた…。



「キョウは優しい…喧嘩弱くたって、言い返せなくても…立派だよ。」



私はキョウのそんなとこを利用してた…


気付かなかったでしょ?



私が酔っ払って駆け付けてくれたあの夜からなんだよ。



あなたは大丈夫。


だからそんな自分を卑下してないで、泣きそうにならないで。



「うまく言えないけど…笑わないし、キョウが変わる必要もないよ。そのままで大丈夫。」


「珠恵子さん。」


「…キョウとはもう会わない!!」


「………えっ?なんでそうなるんですか?」


「…だって、私は卑怯だから…。キョウが昔、見下されたことを辛く背負いこんでんのに…キョウのことわかってて、傷付けるかも、しれないから…あの人達と同じになるから…」



君の弱気で内気なところもヘタレなところも、そのくせにお人好しであることを薄々勘づいていた。


だから何をしたって許されるのではないかと甘え始めていたんだ。


出会ってまだ少ししか共に過ごしてないけど気付いてた。



イジメも同じ。



その人のことを深く知らなくても、なんとなくそういう人がわかる。


そしてその人をイジメ始めるんだ。


理由なんてイジメやすくて、怖くないからだ。



「キョウの気持ち…わかったから。だから、もう傷付けないように、会わない。君は充分…素敵な人だよ。もう泣かなくていいよ。」



彼の左手が私の右頬を包んだ。



「イジメられたって…何があったんすか?」


「……も、いいよ。その話は…。」


「話してください。」


「……なんでよ」


「俺……恵子さんが泣いてたの知ってますから。」


「……何が…」


「ここで泣いてたの知ってます。」


「…」


「それに優越感のとこも意味わかんないし…」


「…」


「話してください。」


「…でもね、キョウ…」


「俺、会いたくないなんて思いませんから!!」



あぁ、この子は…



「俺が傷つくったって、珠恵子さんだって何かに傷付いてるんでしょ?」



だから…



「…あなたは何に泣いてるんですか?」



君を慰めるつもりが、優しいから…君の優しさにまた甘えて、私は自分を慰めようと君を利用しようとしてしまう。



きちんと懺悔をして君から離れようと思ったけれど



あの夜から


私は


何も


変わっていない。

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