episode3後編~面倒~

◇◇◇◇◇


23時前…


【明日の朝9時半に鉄橋下走ります。】



いつもなら返事をしないキョウからのメッセージ。


その時の気分で明日行くかも決める。



でもすぐに返信を打った。


このとき私は気分が良かったから。



【てか今もう私は鉄橋下にいるけどね(笑)】



手元にある7本目の缶ビールを飲み干し、その場で夜空を仰いで大の字になった。


足がむくんでて、ダルかったから上体を起こし、靴を脱いでもう一度大の字になった。


虫の声。


草の薫り。


たまに通る電車の音。



静かな夜。


このすべてが、私のものだ。


今、最高に気持ちいい!!!


どれくらいの時間が経ったのだろう。


しばらく寝転がっていたら…



ザッ…ザッ…ザッ…

ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…


足音と荒い息遣いが遠くから聞こえてきた。


だんだん近付いてくる。


…変質者?



まぁ、いいや。


今の私は何も怖くない!!



「珠恵子さん!!!」



体を起こすとキョウがいた。


私の返信を見て、走ってきたのだろうか。



「あ~、キョウちゃんだぁ~!!」



立ち上がり、頼りない足取りでキョウのとこまで走って、倒れこむように迷わず抱き付いた。



「キョウちゃーん。」


「え?え?えぇ!?酔っ払ってるんですか!?」



細いけど、ボクサーだからちゃんとゴツゴツしていて男の体をしている。


うん…気持ちいい。



「夜中にこんな暗いとこ一人で来たら危ないですよ!!」


「いいもーん!!怖くないもーん!!」


「え…なんかキャラ違いますよ?そんな酔ってんですか?」



顔を彼の鎖骨に埋めた。


何故か泣きそうになってきた。



「ともかく帰りましょう?送りますから!!」


「や!!」


「あ!!水持ってるんで飲み…」


「やだ!!」



強く彼を抱き締めた



「ちょッッ…ちょっと…え…珠恵子さん!!」



彼は私に触れようとはせず、困ったように立ち尽くしていた。


顔をキョウの体から離し、少し密着を緩めた。



「私のことめんどくさいって思った?」



俯いてそう言ったがキョウは驚いたような声を出す。



「え…いや…全然そんなことないっす!!」


「嘘!!絶対めんどくさいって思ってる!!」


「そんなことないです。ただ珠恵子さんが心配なだけです。」


「…ほんと?」


「はい!!」



彼は何故、私に構うのだろう…


確かに私は酔っている。


気持ちが解放的になり、思ったことがすぐ言える。



「キョウは…」


「はい。」


「私のことが好きなの?」


「…はい?」


「好き…なの?」


「………えっと。」


「…じゃあキスする?」


「…はい!?」


「キスしてもいいよ。」



恥ずかしい話、私は21にもなって実はまだファーストキスも済ませていなかった。



でも酔ったせいだろうか。


なんだかファーストとか別にどうでもよくなって、どうなってもいい気分へとなったのだ。



「キスしよっか?」


「…珠恵子さん、とりあえず水飲んで落ち着い…」


「いいよ、別に。」


「えっと…」


「体も、触ってもいいし。」


「……ん??」


「いいよ。最後までヤっても。」


「…」



改めてキョウに抱き付いた。


今度は体を押し当てるように。


顔をキョウの胸に当てると、ものすごい心臓の音がドッドッドッと鳴っていた。


唾をのんでゴキュッと喉が鳴るのも聞こえた。



なんてわかりやすい。


キョウは可愛らしい。



キョウがようやく私の両肩を掴んだ。


やば。私もドキドキしてきた。



しかしキョウは腕いっぱい伸ばして私を自分の体から遠ざけた。


拒否したのだ。



「おれ…珠恵子さんのこと、好きとかそんなんじゃないんで…」


「…」


「だっ…だから!!」


「…キョウ。」


「キスしません!!!」


「…うん。」


「珠恵子さんが酔ってるところ、襲ったりもしません!!!」


「…わかった。」


「な…なので、水飲んで、いったん、落ち着きましょう!!!」



暗い中でもわかるくらいに顔を真っ赤にしながらキョウは一生懸命に言ってくれた。


なんて純真な子だ。



彼が鞄から水を出している間に背を向けて、ジッと待たずに鉄橋下へ戻ろうとした。



「…?珠恵子さん?」


「いいよキョウ、帰っても。ばいばい。」


「え?」


「もう大丈夫だから!ありがとうね。」


「…」



キョウがもう一度、私の前まで来て、顔を覗きこんだ。



「…全然…大丈夫なんかじゃないですか。」



私はいつの間にか泣いていた。


お酒のせいかもしれない。

いつもと違って涙腺が緩くて止まらない。



告白してないけど、フラれた気分だ。


拒否られたのだ。



「何かあったんですか?」


「だ…だってッッウゥ…キスッッ…したくないん…でしょ?」



キョウはめちゃくちゃに驚いていたと思う。



「え…えぇ!?そんなしたかったんですか?」


「めんどくさがりの…モノグサだし!!」


「…?」


「ッッヒック…返事も…お…遅いし…ヒッ」


「…はい」


「可愛げ…ゥッ…ウゥ…ないし…」


「そんなこと…」


「昼間か…らッッ…ここであたりめ…ヒック…食べる酔っ払い…ゥッ…だし」


「…まぁ」


「めんどくさいんでしょ!!!」



こんなこと言ってる自分が何よりもウザかった。



「…だ…だから…誰も…ヒック…私のこ…とを…必要なんか…ヒック…してない…」


「…珠恵子さん。」


「…泣き上戸だし。」


「ふっ…はは!!」



…最後だけ笑われた。


キョウもまさにそう思っていたのだろう。



「でも俺、そうした珠恵子さんのヒネくれたところ、珠恵子さんらしいと思います。」



ヒネくれたとは言っていないのに…失礼な。



この2週間で私らしいの何を知ったというのだ。



…でもちょっと当たってる。



「珠恵子さん…さっきキスしないと言っておいてなんですが…抱き締めて…いい…ですか?」


「…なんで?」


「泣き止んでほしいので。」



今度は私が笑う番。



「ははっ私は赤ん坊か!!」



そう笑いながらキョウに抱き付いた。


「すみません、3分だけ!」



そうしてこの日初めてキョウに強く抱き締められた。


とても心地いい。



「…なんで3分なの?」


「…それ以上はさすがに俺が珠恵子さんを襲いたくなると思うんで」


「好きじゃないのに?」


「…嫌いではないです。」


「…そっか。」




私は誰からも必要とされていない面倒な存在だ。


でもそうであっても、私は彼という存在が必要なのだ。


たとえ今だけの都合のいい慰め役なんだとしても。



本当に私は面倒な性格をしている。

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