4.百合のその前

影野クロ。


魔法使いの名家、影野家に生まれた彼女は、同年代の普通の女の子とは全く異なった日々を過ごしてきた。


20XX年、迷信通りの大雨の中、6月6日に生まれたクロは、華奢な体つきで生まれてきた割に、異常なほどの魔力(EMP)を持って生まれてきた。


その魔法使い名家の何ふさわしい魔力にプラスし、子供ができにくかった両親からの初子だったこともあり、良いように言えば可愛がられて、悪く言えばスパルタのような、魔法の鍛錬の毎日を送ることになる。


その生活を中等部に入るまで続けていたのだが、まだ幼かったクロには2つの心の支えがあった。


1つ目は、本だ。小学校にもいかず、ほとんど屋敷の中で暮らしていたクロには、外の世界が輝いて見えて仕方がなかった。 


そんなとき、クロはいつも決まって本、特に小説を読んでいた。


両親が副業か何かで、民営の小さな図書館を経営していたことから、読める本は腐るほどあった。


そして、幼少期に読んで、今でも大好きな小説が、今のクロを作っていると言っても過言ではないが、それはまた別のお話だ。


2つ目は、妹の存在だ。


影野マリ、今はなきクロの妹の名前。クロとは対象的に明るく、いつも元気で、魔力も平均ほどだったマリは、クロよりも普通の女の子の暮らしを送っていた。


ただ、お互い屋敷にいることが多かった分、遊ぶときはいつも一緒。


その影響か、クロが中等部に入学すると、マリは一年遅れをとってから同じく中等部に入学した。


それがまず間違いだったと、クロは今でも思っている。


クロが中等部3年、マリが中等部2年のとき、東京で魔物の大群が突然現れ、大きな被害をもたらした。


人類の必死の抵抗虚しく、なかなか減らない魔物たち。


そこで政府は、まるで国家総動員のような緊急事態宣言を発令し、持っている戦力をすべて東京に送り込むこととなった。


その政府の身勝手な行動のせいで、なんと中等部の少女たちまで戦場に送り込まれることになってしまったのだ。


この一件が、クロが日本政府のことをあまり良く思わなくなった大きな一つの理由でもある。


同じ部隊に配属されたクロとマリの2人は、共に戦っていた。たとえ2人が高等部、いや大人にも比肩する、確かな実力を持っていたとしても、中等部の少女たちは、後方火力支援にまわることになっていた。


なので、死どころか、傷一つ中等部の人間にはつかない……


はずだった。


一番大きな魔物からの無差別攻撃。


夜空に無数の光の線。それはまるで地上に架かる虹のように。


しかし、その綺麗さに見とれている暇は、これっぽっちもなかった。


次の瞬間には着弾。


それもあらぬことか、クロの真横に。クロと、同部隊一同は一瞬宙に浮く感覚を感じる。


果たして、巻き上がった砂埃をかき分けて進んだ先にあったものは。


……もう何もなかった。


いや、違う。正しくは、2つのモノがまだかろうじて残っていた。


一つは、マリが愛用し、いつも身につけていた、パワーストーンの埋め込まれた指輪。


もう一つは、すでに消えかけて、固体と気体の間にいるような状態のマリの姿。


「ごめんお姉ちゃん……またね」


まさしく、この世の終わりのような顔で自分を見つめるクロに、マリはほほえみながら、そう最期の言葉を告げ、すうっと粒子になり消えていってしまった。


通常、服も骨も残らないで死ぬことなんて、いくら高度な魔法だとしても、ありえない。


だから、部隊のメンバーたちは「まだ生きてるはずだ」とクロを慰めたが、もう遅い。


クロは仲間たちを背に、大粒の涙をアスファルトの上に落とす。


現在のクロだったら、怒りと悲しみのあまり、文字通り魔物に向かって飛んでいくだろうか。


否、その時のクロは、まだ14歳だった。


その場で泣き崩れ、戦線で終戦を迎えたあともなかなか立ち上がれなかった。


三日三晩、それ以上か寝込んでいたクロは一つのことを心に誓う。


その誓いは、おそらく不可能だろうと、クロもわかっていた。


その誓いを、他人に言ったらもしかしたら苦笑されるかもしれないとも、クロは思った。


でも、それらを差し置いても、叶えなくてはならない事ができたのだ。


それこそが、「魔法を極めて、あの子を取り戻そう」……という、クロの切実な誓いだった。



枕が濡れている。


そう思ったクロは、ゆっくりと起き上がり、目元に人差し指を当ててみる。


案の定水滴がついていた。


「……はぁ」


もう一回ベッドに横たわったクロは、天井に左手を掲げる。


掲げた左手の薬指には、指輪が付いている。


「結婚?」と冗談交じりのことを言われることも、クロには何度かあるが、指輪についているアメジストを見て、違うのかとみんな不満そうな顔を浮かべる。


クロは、アメジストの効能なんて知らない。というか、パワーストーン自体あまり信じていない。


でも、この指輪を見ていると、ちょっとだけ心が安らぐような気がする。と、クロはいつも思っている。


「……起きよ」


誰に言うでもなくただ呟いてみたクロは、ベットから起き上がり、ドアを開け、リビングに向かう。

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