2.百合が進む

「はぁ……」


生徒会の仕事が一通り終わり、ようやく帰れそうなクロは、不意にため息をつく。


(……入学式のときの子、もう一回会ってあげたほうがいいのかしら……逃げるようにあの場を去ってしまったし……でも、あんなに可愛い子に、急に手を握られたら誰だってそうなるわよ……それにあんなこと言って……)


「クロちゃん、悩み事?」


クロは、声に反応して横を向くと、自分の肩に手が乗っていることに気が付く。


「会長……」


「リンでいいって、いつも言ってるでしょう?」


クロより10cmほど背が小さいように見えるこの少女は、生徒会長の『小町リン』。


地面についてしまいそうなぐらいに、伸ばした黄色い髪をなびかせながら、少女は柔らかい口調でクロに話しかける。


入学式のときとは、まるで別人だ。


「ま、まあ、そんなところです」


「クロちゃんに悩み事なんて珍しいわね」


「……ちょっと馬鹿にしてます?」


「う〜ん。どうだろう?」


クロはほんのちょっとだけほっぺをふくらませる。


「……それより、会ちょ……リンさん、1年生に生徒会に入ってくれそうな人は、いましたか?」


「……そうね。1人は確実に入ってくれそうよ」


「それは良かったです。ただ、今後も考えると、もう少し来て欲しいですよね」


「まあまあ、まだ一学期も始まってないもの、焦る必要もないわ。それに、クロちゃんにはアテはないの?」


またちょっとだけ、ムスとするクロ。


「私にあると思います?」


「ん〜、今回はありそう」


「?」と思ったクロだったが、考えてみたら、ないこともないような気がしてきた。


ただ、その「アテ」とはもう会うかすら、わからないけれど。とも、クロは思った。


「さ、もういい時間よ。私たちも帰りましょう」


リンは、椅子に置いてあった鞄をサッと取り、部屋を出るようにクロに促す。


クロもコクリと一つ頷く。


「ガチャ」


生徒会室の鍵を閉めたリンは、何かを思い出す。


「……そういえば、私たちの寮室にも新しい子が来るの。クロちゃんたちのところにも、今日来る予定でしょう?早く帰って少しでも、交流を深めたらいいわ」



寮に帰って来たクロは、別れ際にリンに言われた台詞を思い出す。


(新しい子……)


今のクロは、正直、アルのことしか考えていなかった。


だから、新しいルームメイトが増えたとしても、その子にアルについて聞いてみようと思っている。


「ガチャ」


疲れていたクロは、目線を落としながらドアを開ける。


そして、見慣れない靴を発見する。


数えてみると靴の数は8つ。つまり4人分。М棟の寮室は5人部屋。


なるほど自分のを入れると5人分になる。


長々とクロは考えた結果、もう新しい子が来ているという結論にようやくたどり着く。


「お、帰って来た?」


М棟501の室長、『鈴音マグネ』が壁からひよっこっと顔を出す。


「マグさん。新しい子、もう来てます?」


「私たちにとっては新しい子だけど、クロにとっては初めてではないみたい」


「?」


クロの頭にはハテナが浮かんだ。


「まあ見せたほうが早いね。出てきて」


マグネが連れてきた少女は、確かにクロも知っていた。


まさしく、クロがほぼ今日一日中考えていた、突然クロに告白した少女。


そう、アルだ。


「あ、あなたは……」


「えへへ。これも何かの縁ですね」


「いや〜ネオから話を聞いた時は、信じられなかったよ。ついにクロにもモテ期が来るとはねぇ……」


マグネの口調といい、言っている内容といい、まるで、久しぶりに会った孫に話しかけるおばあちゃんのようだ。


「そ、そういうのじゃ……」


クロは否定しようとしたが、キラキラと目を輝かせるアルを見て、口を閉じることにした。


「あ、自己紹介がまだでしたね。佐々木アルです!ふつつかものですが、これからよろしくお願いします!」


そのアルの気迫にやられたクロは、


「ええ……」


曖昧な肯定の言葉しか、出てこなかった。


少しだけ重たい空気の中、ガチャと部屋のドアが開く。


「お?コバルも起きた?」


「むにゃむにゃ……」


リビングの方に出てきた少女は、他の同居人よりも小さくて、年齢も少し下のように見える。


今の今まで寝ていたのか、髪はボサボサだが、ツインテールがあるようにも見える青髪の少女。


「春休みだからって、その昼夜逆転生活どうにかしたら?」


「だって、ネトゲのイベントが〜」


リビングの机で何かを食べていたネオが、この少女、『一迅コバル』に話しかける。


こうして、M棟501の同居人が一同全員集まった。


室長の『鈴音マグネ』


しっかりものの『陰野クロ』


ちょっと陽気な『桜木ネオ』


みんなの妹分『一迅コバル』


そして、今日新たに仲間入りした『佐々木アル』


いつも一部屋だけ空いていた501も、ついに、5人揃った瞬間だった。


「ほら、コバル。この子が新入りの、佐々木アル。多分、コバルのタイプでしょ?」


(タイプ?)


と、不思議そうにしていたが、その言葉の意味はすぐ知ることになった。


「ほ、ホントだ!すごいタイプですよ!可愛すぎます!!」


コバルは、アルの手を思いっ切り握る。


まるで、入学式後にアルがクロにしたように。


「え?え!?」


「あはは、コバルはアルみたいな女の子が大好きだからね」


アルは、なるほど私がクロさんのこと好きなようなものか、と思ったが、アルとは少し違うようだ。


「あ、あの、アルさん!」


「は、はい!」


マグネとクロとネオは、顔を見合わせ、「またか」という顔をする。


「アルさんのこと……おねえちゃんって呼んでもいいですか?」


コバルは、萌え袖にした手を自分のほっぺに当てて、少し上目遣いでアルを見る。


ちゃんと可愛い女の子ではないとできないポーズだ。


そのとても可愛らしいコバルの姿に、アルの心は少し緩いで、


「は、はい!よろしくお願いします!」


まるで告白を許諾するような言葉が、とっさに出てきた。


「はぁ……」


それを見ていたクロは、手のひらを顔に近づけ、ため息交じりの息を吐く。


「では、おねえちゃん。コバルと一緒にお風呂に行きましょ♡」


「え!お風呂!?」


「また騒がしくなりそうだね……」


マグネは、コバルに引きずられるアルを見ながら、そんなことを呟く。


マグネの言う通り、この少女たちの生活はこの日を境に、大きく変わってくることになる。


「ちょっとコバルちゃん!?どこ触ってるの!?」


お風呂場からはそんな叫び声にも近い声が聞こえてきた。

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