2.百合が進む
「はぁ……」
生徒会の仕事が一通り終わり、ようやく帰れそうなクロは、不意にため息をつく。
(……入学式のときの子、もう一回会ってあげたほうがいいのかしら……逃げるようにあの場を去ってしまったし……でも、あんなに可愛い子に、急に手を握られたら誰だってそうなるわよ……それにあんなこと言って……)
「クロちゃん、悩み事?」
クロは、声に反応して横を向くと、自分の肩に手が乗っていることに気が付く。
「会長……」
「リンでいいって、いつも言ってるでしょう?」
クロより10cmほど背が小さいように見えるこの少女は、生徒会長の『小町リン』。
地面についてしまいそうなぐらいに、伸ばした黄色い髪をなびかせながら、少女は柔らかい口調でクロに話しかける。
入学式のときとは、まるで別人だ。
「ま、まあ、そんなところです」
「クロちゃんに悩み事なんて珍しいわね」
「……ちょっと馬鹿にしてます?」
「う〜ん。どうだろう?」
クロはほんのちょっとだけほっぺをふくらませる。
「……それより、会ちょ……リンさん、1年生に生徒会に入ってくれそうな人は、いましたか?」
「……そうね。1人は確実に入ってくれそうよ」
「それは良かったです。ただ、今後も考えると、もう少し来て欲しいですよね」
「まあまあ、まだ一学期も始まってないもの、焦る必要もないわ。それに、クロちゃんにはアテはないの?」
またちょっとだけ、ムスとするクロ。
「私にあると思います?」
「ん〜、今回はありそう」
「?」と思ったクロだったが、考えてみたら、ないこともないような気がしてきた。
ただ、その「アテ」とはもう会うかすら、わからないけれど。とも、クロは思った。
「さ、もういい時間よ。私たちも帰りましょう」
リンは、椅子に置いてあった鞄をサッと取り、部屋を出るようにクロに促す。
クロもコクリと一つ頷く。
「ガチャ」
生徒会室の鍵を閉めたリンは、何かを思い出す。
「……そういえば、私たちの寮室にも新しい子が来るの。クロちゃんたちのところにも、今日来る予定でしょう?早く帰って少しでも、交流を深めたらいいわ」
◇
寮に帰って来たクロは、別れ際にリンに言われた台詞を思い出す。
(新しい子……)
今のクロは、正直、アルのことしか考えていなかった。
だから、新しいルームメイトが増えたとしても、その子にアルについて聞いてみようと思っている。
「ガチャ」
疲れていたクロは、目線を落としながらドアを開ける。
そして、見慣れない靴を発見する。
数えてみると靴の数は8つ。つまり4人分。М棟の寮室は5人部屋。
なるほど自分のを入れると5人分になる。
長々とクロは考えた結果、もう新しい子が来ているという結論にようやくたどり着く。
「お、帰って来た?」
М棟501の室長、『鈴音マグネ』が壁からひよっこっと顔を出す。
「マグさん。新しい子、もう来てます?」
「私たちにとっては新しい子だけど、クロにとっては初めてではないみたい」
「?」
クロの頭にはハテナが浮かんだ。
「まあ見せたほうが早いね。出てきて」
マグネが連れてきた少女は、確かにクロも知っていた。
まさしく、クロがほぼ今日一日中考えていた、突然クロに告白した少女。
そう、アルだ。
「あ、あなたは……」
「えへへ。これも何かの縁ですね」
「いや〜ネオから話を聞いた時は、信じられなかったよ。ついにクロにもモテ期が来るとはねぇ……」
マグネの口調といい、言っている内容といい、まるで、久しぶりに会った孫に話しかけるおばあちゃんのようだ。
「そ、そういうのじゃ……」
クロは否定しようとしたが、キラキラと目を輝かせるアルを見て、口を閉じることにした。
「あ、自己紹介がまだでしたね。佐々木アルです!ふつつかものですが、これからよろしくお願いします!」
そのアルの気迫にやられたクロは、
「ええ……」
曖昧な肯定の言葉しか、出てこなかった。
少しだけ重たい空気の中、ガチャと部屋のドアが開く。
「お?コバルも起きた?」
「むにゃむにゃ……」
リビングの方に出てきた少女は、他の同居人よりも小さくて、年齢も少し下のように見える。
今の今まで寝ていたのか、髪はボサボサだが、ツインテールがあるようにも見える青髪の少女。
「春休みだからって、その昼夜逆転生活どうにかしたら?」
「だって、ネトゲのイベントが〜」
リビングの机で何かを食べていたネオが、この少女、『一迅コバル』に話しかける。
こうして、M棟501の同居人が一同全員集まった。
室長の『鈴音マグネ』
しっかりものの『陰野クロ』
ちょっと陽気な『桜木ネオ』
みんなの妹分『一迅コバル』
そして、今日新たに仲間入りした『佐々木アル』
いつも一部屋だけ空いていた501も、ついに、5人揃った瞬間だった。
「ほら、コバル。この子が新入りの、佐々木アル。多分、コバルのタイプでしょ?」
(タイプ?)
と、不思議そうにしていたが、その言葉の意味はすぐ知ることになった。
「ほ、ホントだ!すごいタイプですよ!可愛すぎます!!」
コバルは、アルの手を思いっ切り握る。
まるで、入学式後にアルがクロにしたように。
「え?え!?」
「あはは、コバルはアルみたいな女の子が大好きだからね」
アルは、なるほど私がクロさんのこと好きなようなものか、と思ったが、アルとは少し違うようだ。
「あ、あの、アルさん!」
「は、はい!」
マグネとクロとネオは、顔を見合わせ、「またか」という顔をする。
「アルさんのこと……おねえちゃんって呼んでもいいですか?」
コバルは、萌え袖にした手を自分のほっぺに当てて、少し上目遣いでアルを見る。
ちゃんと可愛い女の子ではないとできないポーズだ。
そのとても可愛らしいコバルの姿に、アルの心は少し緩いで、
「は、はい!よろしくお願いします!」
まるで告白を許諾するような言葉が、とっさに出てきた。
「はぁ……」
それを見ていたクロは、手のひらを顔に近づけ、ため息交じりの息を吐く。
「では、おねえちゃん。コバルと一緒にお風呂に行きましょ♡」
「え!お風呂!?」
「また騒がしくなりそうだね……」
マグネは、コバルに引きずられるアルを見ながら、そんなことを呟く。
マグネの言う通り、この少女たちの生活はこの日を境に、大きく変わってくることになる。
「ちょっとコバルちゃん!?どこ触ってるの!?」
お風呂場からはそんな叫び声にも近い声が聞こえてきた。
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