魔法が使えない魔法使いの少女は、魔法の代わりに百合を極める
ゼロ
無色の魔法使い
1.百合が始まる
魔法。
それは、女性だけに与えられた特別な力。
ときに輝かしくも薄暗く、人類とともに、魔法は多くの歴史を刻んでできた。
そんな魔法は、近年、絶え間ぬ人類の研究により、人類が手に負えないレベルまで進化してしまった。
そして、人類の繁栄を手助けした代償に、魔物と呼ばれる生物を生み出してしまったのだ。
各国の政府は、それらを退治するために魔法学園をつくり、魔法使いとして魔法を扱えるように、女性たちを教育し始めた。
これが今から100年ほど前のお話。
そして今、そんな世界の今を生きる、魔法が使えない主人公「アル」と「クロ」、そして彼女らの周りの個性豊かな仲間たち、の百合と魔法が融合し始まる。
◆
「我々は、我が祖国から直々に選定され、任務を与えられた者たちであることを自覚し……」
大きな体育館の壇上の上に立ち、一段下にいる新しい人類の希望たちを俯瞰しながら話す少女。
彼女は、今この場にいる生徒の中で、トップに君臨する者。いわゆる生徒会長である。
そして、パイプ椅子に腰掛け、
(生徒会長さん、私より背も体も小さくて、私よりも歳下にも見えるのに、すごい難しいこと言ってるなぁ……)
などと、少々失礼なことを考えている少女は、『佐々木アル』だ。
白に桃色が混じったような色の彼女の髪は、肩にやや届かないぐらいの長さ。体つきは、他の生徒よりは少しだけ、ふくよか(決して太っているわけではない)のように見える。
おそらく、他の生徒よりも少しだけ大きな胸が影響しているのだろう。
「そして最後に、改めてご入学おめでとうございます。我々生徒会一同は、今後のあなたたちの活躍に期待しています」
少しだけ微笑んで見せて、綺麗に話を締めた少女は、長い髪を重力の思うがままにさせて、丁寧にお辞儀をした。
パチパチパチという、拍手の音に紛れながら「続いては、副会長からの言葉です」という声が聞こえた。
(まだあるの〜?)
しかし、そのアルの考えは、いとも容易く弾き飛ばされることになる。
壇上に上がってきた、黒に青が混じったような髪色をしたロングヘアの少女の顔を見て、アルはハッとなる。
(あの副会長さんって……!)
アルの推測が確信に変わった頃、ロングヘアの少女はゆっくりと口を開ける。
「こんにちは。生徒副会長の『影野クロ』です」
忘れるはずがない。なにせこの少女は、アルが初めて一目惚れした人だからだ。
影野クロは、女子高生にしてはほんの少し低い声で、新一年生に語りかけてくる。
(相変わらずきれいな人だなぁ……)
別に今までのアルは、女性に恋心を抱くような少女ではなかった。
それこそ、男性に恋をしたことも、一度くらいあるにはある。
もともと女性は、恋愛対象の眼中にすらなかったアルの考えは、学校説明会での動画を視聴したことで、一変することになった。
施設紹介の中で雑木林を、颯爽に飛び回り、デコイをバッタバッタと魔法で倒す姿。そして整った顔と髪と、動画の最後に見せたわざとらしい愛想笑い。その他諸々を見たアルは、その動画の中盤時点では、もうクロに惚れしてしまっていた。
そして、実際に実物を始めてみたアルの心中はどうだろう。
心音の高まり具合と、変な暑さを感じ始めた様子を見ると、どうやら、クロの話なんかは頭の中に入ってきていないようだ。
ただ一つだけ。そんな中のアルでも、ただ一つだけ心に決めたことがある。
(これが終わったら、会いに行ってみよう……!)
アルは、変に行動力があるタイプだ。
「学力・技能測定試験次席、佐々木アルさん……佐々木さん?」
「は、はい!佐々木ですっ!」
頭の中で入学式が終わったあとの行動を、何度もデモンストレーションしていたアルは、自分の名前が拡声器で発せられていることにすら気付かなかった。
辺りから、「クスッ」や「ふふっ」等の、微笑が聞こえてきた。
◇
「あ、あの!」
「んっ?どうした……ってすごい美少女……!ああ、あの次席の子!」
「そ、そうです!その……副会長さんって……どこにいるかわかりますか?」
とりあえず、美少女と言われたことについては触れないで、アルは自分の話を続ける。
「クロね。クロなら……あ、ほらあそこ!」
生徒会の印をつけた少女が指差した先には、そそくさと教室に戻ろうとしている、クロの姿があった。
「お〜い、クロ〜!」
手を振りながら、自分の名前を呼ぶ友だちに気付いたクロは振り向き、2人の方へ歩いてくる。
「どうしたのネオ……その子は?」
「クロのファンだって」
「えっ」
適当なことを言うこの少女は『桜木ネオ』。クルクルと縦向きに巻いてある、赤い髪がとても特徴的な少女で、クロと同じ生徒会の一員である。
「ま、まあそんな感じ……かな?」
「ビンゴ」
「……そう」
あまり興味がないのか、はたまた人に好かれることに慣れていないのか、クロの心中は定かではない。
ただ、そんなクロもお構いなしに、アルは少し重たい口を開ける。
「……が、学校説明会のVTRで、影野さんを見て……そ、その!私、影野さんに……一目惚れしたちゃったんですっ!!」
「……!!」
パッとクロの手をとったアルは、半ば強引にクロに握手をする。
するとクロの肌は、どんどんと赤くなっていき、冷淡無情だった顔は、今ではもう恋する乙女の顔になってしまった。
もし、これが少女漫画だったのなら、クロの後ろには可愛らしい百合の花が咲き誇っていることだろう。
「えっ、ちょっ!なっ!」
「なかなかやるね」
突然の告白に理解が追いついていないクロ。
まるで恋愛ドラマを観ているかのような眼差しのネオ。
そして、キラキラと目を輝かせながら、クロを見つめるアル。
と言う、なんとも言えない雰囲気がここだけに漂っていた。
アルの眼差しに耐えられなくなったクロは、そっぽを向いた次の瞬間、
「あ!副会長さん!先生が呼んでますよ!」
階段の方から声が聞こえた。
それに気づいたアルは、そっと握っていた手を離す。
「い、今行く……」
クロは、コクリとアルに小さく一礼し、そそくさとクロを呼んだ生徒の方へ向かって行った。
「行っちゃった……」
少し、しょんぼりとした表情を浮かべたアルの、顔を覗くように見つめたネオはアルに話しかける。
「キミ、クロのこと好きなの?」
「自分でも、あんまり良く分からないんですけど、そ、そうですね……好きです……。変、ですか……?」
「いやいや、そんなことないよ。この学校では、女の子が好きな女の子なんて、沢山いるよ。シュベスタ制度もあるしね」
ネオの言葉に、アルがハッとなる。
国立の魔法科学校には基本的に、シュベスタ制度というものがある。
いわゆる姉妹制度で、ここではドイツ語が由来になっている。
「そ、そうだ!クロさんって……っん!」
ネオは、声を上げたアルの唇を人差し指で、軽く止める。
「まあまあ、まちたまえ美少女クン。クロの親友である、この桜木ネオが、クロのことを何でも教えて信ぜよう」
◇
ピッ。ガシャン。
自販機の下の方に手を伸ばし、サイダーを取り出すネオ。
「えっと……どこまで話したっけ?」
「クロさんが、有名な魔法家の一つの家系の人だ……ってところまでです」
「そうそう」
ネオは、そう言いながら、アルを近くにあった椅子に座るように促す。
アルは、そのネオの意図に気付くと、少し丁寧に椅子に座る。
「影野家はそれなりに有名な家系でね。その家系の魔法使いと言ったらまあ、色々あるわけ」
アルに対照的に、ネオは半ば飛び込むように椅子に座る。
「そんな感じで、幼少期は家族とか、屋敷の人としか話てなかったから、ちょーーっとばかし、人付き合いが下手なんだよね〜」
「え、でも、クロさんってエレベーター組ですよね?」
「お、よく知っているね」
ここ、湘南魔法科大学附属は、中高大一貫の国立学校である。
クロは、中等部からの進学組。アルとネオは、他中学からの編入組だ。
「なら……中等部でも、人付き合いはしていたんじゃ……それこそ、シュベスタの姉とか妹とかがいてもおかしくないし……」
「……まぁ、話すと長くなるんだけどね」
ネオの顔つきが変わる。
「……クロには妹さんがいたんだけど……」
「……いた……?」
「シュベスタの妹じゃないよ。実妹の方。……ほら、実妹がいたら、あんまりスールは作らないほうが良いって話あるでしょ?」
「……」
「クロはまだ諦めきれないんだって。妹さんのこと」
沈黙が走る。
ネオは、微笑んでいるような、悲しそうな、何だかよくわからない表情を浮かべる。
「……とまあ、暗い話はこのくらいで。そういえば、アルちゃんって今日から寮でしょ?何棟?」
何かを考えていたアルは、ネオの声でハッとなる。
「えっと、たしかM棟です」
「あ〜……もしかして、501号室だったり……?」
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