魔法が使えない魔法使いの少女は、魔法の代わりに百合を極める

ゼロ

無色の魔法使い

1.百合が始まる

魔法。


それは、女性だけに与えられた特別な力。


ときに輝かしくも薄暗く、人類とともに、魔法は多くの歴史を刻んでできた。


そんな魔法は、近年、絶え間ぬ人類の研究により、人類が手に負えないレベルまで進化してしまった。


そして、人類の繁栄を手助けした代償に、魔物と呼ばれる生物を生み出してしまったのだ。


各国の政府は、それらを退治するために魔法学園をつくり、魔法使いとして魔法を扱えるように、女性たちを教育し始めた。


これが今から100年ほど前のお話。


そして今、そんな世界の今を生きる、魔法が使えない主人公「アル」と「クロ」、そして彼女らの周りの個性豊かな仲間たち、の百合と魔法が融合し始まる。



「我々は、我が祖国から直々に選定され、任務を与えられた者たちであることを自覚し……」


大きな体育館の壇上の上に立ち、一段下にいる新しい人類の希望たちを俯瞰しながら話す少女。


彼女は、今この場にいる生徒の中で、トップに君臨する者。いわゆる生徒会長である。


そして、パイプ椅子に腰掛け、


(生徒会長さん、私より背も体も小さくて、私よりも歳下にも見えるのに、すごい難しいこと言ってるなぁ……)


などと、少々失礼なことを考えている少女は、『佐々木アル』だ。


白に桃色が混じったような色の彼女の髪は、肩にやや届かないぐらいの長さ。体つきは、他の生徒よりは少しだけ、ふくよか(決して太っているわけではない)のように見える。


おそらく、他の生徒よりも少しだけ大きな胸が影響しているのだろう。


「そして最後に、改めてご入学おめでとうございます。我々生徒会一同は、今後のあなたたちの活躍に期待しています」


少しだけ微笑んで見せて、綺麗に話を締めた少女は、長い髪を重力の思うがままにさせて、丁寧にお辞儀をした。


パチパチパチという、拍手の音に紛れながら「続いては、副会長からの言葉です」という声が聞こえた。


(まだあるの〜?)


しかし、そのアルの考えは、いとも容易く弾き飛ばされることになる。


壇上に上がってきた、黒に青が混じったような髪色をしたロングヘアの少女の顔を見て、アルはハッとなる。


(あの副会長さんって……!)


アルの推測が確信に変わった頃、ロングヘアの少女はゆっくりと口を開ける。


「こんにちは。生徒副会長の『影野クロ』です」


忘れるはずがない。なにせこの少女は、アルが初めて一目惚れした人だからだ。


影野クロは、女子高生にしてはほんの少し低い声で、新一年生に語りかけてくる。


(相変わらずきれいな人だなぁ……)


別に今までのアルは、女性に恋心を抱くような少女ではなかった。


それこそ、男性に恋をしたことも、一度くらいあるにはある。


もともと女性は、恋愛対象の眼中にすらなかったアルの考えは、学校説明会での動画を視聴したことで、一変することになった。


施設紹介の中で雑木林を、颯爽に飛び回り、デコイをバッタバッタと魔法で倒す姿。そして整った顔と髪と、動画の最後に見せたわざとらしい愛想笑い。その他諸々を見たアルは、その動画の中盤時点では、もうクロに惚れしてしまっていた。


そして、実際に実物を始めてみたアルの心中はどうだろう。


心音の高まり具合と、変な暑さを感じ始めた様子を見ると、どうやら、クロの話なんかは頭の中に入ってきていないようだ。


ただ一つだけ。そんな中のアルでも、ただ一つだけ心に決めたことがある。


(これが終わったら、会いに行ってみよう……!)


アルは、変に行動力があるタイプだ。


「学力・技能測定試験次席、佐々木アルさん……佐々木さん?」


「は、はい!佐々木ですっ!」


頭の中で入学式が終わったあとの行動を、何度もデモンストレーションしていたアルは、自分の名前が拡声器で発せられていることにすら気付かなかった。


辺りから、「クスッ」や「ふふっ」等の、微笑が聞こえてきた。



「あ、あの!」


「んっ?どうした……ってすごい美少女……!ああ、あの次席の子!」


「そ、そうです!その……副会長さんって……どこにいるかわかりますか?」


とりあえず、美少女と言われたことについては触れないで、アルは自分の話を続ける。


「クロね。クロなら……あ、ほらあそこ!」


生徒会の印をつけた少女が指差した先には、そそくさと教室に戻ろうとしている、クロの姿があった。


「お〜い、クロ〜!」


手を振りながら、自分の名前を呼ぶ友だちに気付いたクロは振り向き、2人の方へ歩いてくる。


「どうしたのネオ……その子は?」


「クロのファンだって」


「えっ」


適当なことを言うこの少女は『桜木ネオ』。クルクルと縦向きに巻いてある、赤い髪がとても特徴的な少女で、クロと同じ生徒会の一員である。


「ま、まあそんな感じ……かな?」


「ビンゴ」


「……そう」


あまり興味がないのか、はたまた人に好かれることに慣れていないのか、クロの心中は定かではない。


ただ、そんなクロもお構いなしに、アルは少し重たい口を開ける。


「……が、学校説明会のVTRで、影野さんを見て……そ、その!私、影野さんに……一目惚れしたちゃったんですっ!!」


「……!!」


パッとクロの手をとったアルは、半ば強引にクロに握手をする。


するとクロの肌は、どんどんと赤くなっていき、冷淡無情だった顔は、今ではもう恋する乙女の顔になってしまった。


もし、これが少女漫画だったのなら、クロの後ろには可愛らしい百合の花が咲き誇っていることだろう。


「えっ、ちょっ!なっ!」


「なかなかやるね」


突然の告白に理解が追いついていないクロ。


まるで恋愛ドラマを観ているかのような眼差しのネオ。


そして、キラキラと目を輝かせながら、クロを見つめるアル。


と言う、なんとも言えない雰囲気がここだけに漂っていた。


アルの眼差しに耐えられなくなったクロは、そっぽを向いた次の瞬間、


「あ!副会長さん!先生が呼んでますよ!」


階段の方から声が聞こえた。


それに気づいたアルは、そっと握っていた手を離す。


「い、今行く……」


クロは、コクリとアルに小さく一礼し、そそくさとクロを呼んだ生徒の方へ向かって行った。


「行っちゃった……」


少し、しょんぼりとした表情を浮かべたアルの、顔を覗くように見つめたネオはアルに話しかける。


「キミ、クロのこと好きなの?」


「自分でも、あんまり良く分からないんですけど、そ、そうですね……好きです……。変、ですか……?」


「いやいや、そんなことないよ。この学校では、女の子が好きな女の子なんて、沢山いるよ。シュベスタ制度もあるしね」


ネオの言葉に、アルがハッとなる。


国立の魔法科学校には基本的に、シュベスタ制度というものがある。


いわゆる姉妹制度で、ここではドイツ語が由来になっている。


「そ、そうだ!クロさんって……っん!」


ネオは、声を上げたアルの唇を人差し指で、軽く止める。


「まあまあ、まちたまえ美少女クン。クロの親友である、この桜木ネオが、クロのことを何でも教えて信ぜよう」



ピッ。ガシャン。


自販機の下の方に手を伸ばし、サイダーを取り出すネオ。


「えっと……どこまで話したっけ?」


「クロさんが、有名な魔法家の一つの家系の人だ……ってところまでです」


「そうそう」


ネオは、そう言いながら、アルを近くにあった椅子に座るように促す。


アルは、そのネオの意図に気付くと、少し丁寧に椅子に座る。


「影野家はそれなりに有名な家系でね。その家系の魔法使いと言ったらまあ、色々あるわけ」


アルに対照的に、ネオは半ば飛び込むように椅子に座る。


「そんな感じで、幼少期は家族とか、屋敷の人としか話てなかったから、ちょーーっとばかし、人付き合いが下手なんだよね〜」


「え、でも、クロさんってエレベーター組ですよね?」


「お、よく知っているね」


ここ、湘南魔法科大学附属は、中高大一貫の国立学校である。


クロは、中等部からの進学組。アルとネオは、他中学からの編入組だ。


「なら……中等部でも、人付き合いはしていたんじゃ……それこそ、シュベスタの姉とか妹とかがいてもおかしくないし……」


「……まぁ、話すと長くなるんだけどね」


ネオの顔つきが変わる。


「……クロには妹さんがいたんだけど……」


「……いた……?」


「シュベスタの妹じゃないよ。実妹の方。……ほら、実妹がいたら、あんまりスールは作らないほうが良いって話あるでしょ?」


「……」


「クロはまだ諦めきれないんだって。妹さんのこと」


沈黙が走る。


ネオは、微笑んでいるような、悲しそうな、何だかよくわからない表情を浮かべる。


「……とまあ、暗い話はこのくらいで。そういえば、アルちゃんって今日から寮でしょ?何棟?」


何かを考えていたアルは、ネオの声でハッとなる。


「えっと、たしかM棟です」


「あ〜……もしかして、501号室だったり……?」

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