第10話 ヤンデレさんに見せつけちゃうよ

 私の名前は月詠玲愛、名家月詠家の末子にして一人の恋する乙女だ。


「田中、首尾の方はどうなってる?」


「お嬢、上々らしいっすよ。無事に塞島さんを含め3人を檻の中に閉じ込めることに成功したらしいっす」


「そう………ならいいけれど。塞島さんの生殺与奪の権は今私の手のひらの中にある……ふふふ、ここまでやれば流石に強情な塞島さんも私との交際を頷くよね」


「…………」


「どうしたの?」


「いえ、何でもありません。早く行きましょうお嬢」


「ええ」


 何か引っかかったがそんなことよりも早く塞島さんに会いたい想いの方が強かった。面倒くさい家の用事のせいで少々遅れてしまった分、もっとその想いは大きい。


 そして車に乗って塞島さんたちの秘密基地に向かった。



 まず感じたのは濃厚で独特な匂いだった。


「……なん………だと」


 私が見るはずだったのは楽しい秘密基地ごと檻に囚われ、私のご機嫌を伺うことに全力を尽くす三人の姿だ……なのに………これはなんだ………


「おっ、初めてだから不安だったけど飯盒炊飯で炊いた米大成功じゃん」


「ちゃんと下調べしてましたもんね。それに普段ご飯を作っているこーくんですもの、そう簡単にミスをするはずがないですけど」


「本当これ、すっごい美味しいよ。ご飯もだけどカレーもまったりしているのにとっても濃厚で特に玉ねぎが美味しいね!!!」


「玉ねぎは適当に切っただけなんだけどなぁ……僕的にはやっぱり肉がうめぇわ。なんとなくつけた下味があたりだったな」


「いいですねぇ……こうして気の置けない者同士でまったりカレーを食べる……キャンプって感じがします」


 三人はカレーを食べていたのだ。あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。


「……腹減ったっす」


 田中の腹の虫を聞いた時、ようやく私の意識は元に戻った。


「ちょっと、何をしているんですか塞島さん!!!」


「んあっ……あっ、ようやくきたな月詠……あんまり遅いからカレー食べてたよ」


「美味しいですよ。玲愛ちゃんもこっちに来て一緒に食べませんか?」


「美味しい……美味しい……ああぁんっ、至福♡お外で食べるカレーってこんなに美味しかったんだ……玉ねぎ最高」


 あれほど大声を出したのに約一名玉ねぎに心を奪われている事実にまたも驚愕してしまうが、そんなこと気にしている場合ではない。


「何やってんですか?」


「んなこと言われてもカレー食ってるとしか」


「言えませんよね」


「玉ねぎだけ食べよっと」


「約一名はカレーってより玉ねぎ食ってる。うちの秘伝のレシピがよほど気に召したらしい」


「そうじゃなくって!!今どういう状況なのか理解してるんですか??」


「檻の中に監禁されてる。見世物になった気分だな」


「そうですよ!!外界との接触を絶たれた状況です!!なのになぜそんなに呑気にしていられるんですか?」


「いや、僕も最初は思ったよ…呑気にしている場合じゃないって……でもさぁ、ちょっと考えてみたんだ」


「……何をですか?」


「腹が減っては戦は出来ぬってこと。恐怖や不安は不必要に体力と精神力を消耗させるだけだ。だったらカレー食う方が良いだろう。美味いし、この日の為に準備してきたし。カレー食いたかったし」


「こーくんの言う通りです。

 いついかなる時であっても希望を捨てずに行動するのが人間のあるべき姿。無為無策に体力と時を浪費するのは愚の骨頂というものです…それにせっかくプチキャンプもどきしようと秘密基地にまできたのにカレー食べないなんてあり得ませんしね」


 どんだけカレー食べたかったの。


「……なんでそんなに泰然と構えていられるんですか?」


 私には無理だ………もし逆の立場だったらと思うと………


「それが僕たちだからだよとしか言えねーわな」


「ですよねぇ、まだ焦る時間でもないですし。って言うか時間に余裕がありすぎたからカレー作って食べてたわけですし」


 スプーンと容器をテーブルに置いた後塞島さんたちが私を見た。玉ねぎ娘は玉ねぎを探しにでも言ったのか秘密基地の中だが。


「さて、カレーもひと段落ついたところだし、なんでこんなことをしたのか教えてもらおうか」


「それは……」


「待ってください、カレーを食べたらすぐに水につけないと汚れが取りにくくなります。こーくん、容器を貸してください」


「あっ、悪い」


「………なんてマイペースな人たちなんだ………」


「マイペースじゃない、今僕たちは英玲奈や甘芽ちゃんとペースをあわせている………いわばアウアペースだ」


「こーくん、アウアじゃなくてアスじゃないですか?I my me mine、we  us our oursです」


「どっちでもいいんですが……」


 ああもう……いつもこれだ………この人たちは初めて会ったときから変わらない。誰かに自分を侵されると言うことがない………良くも悪くも自分の中の芯がしっかりとし過ぎている………傍から見て不安に思えるくらいに不動の直立だ……


 まぁ、そんなところにも惚れている私が言う資格はないんだろうけど。


 私は事前に練習していたのと同じように顔を作った。


「とにかく、ここから脱出したければ「私と付き合ってください」………」


 私が言おうと思っていたセリフと同じことを基地の中から出てきた憎き相手が喋った。


「でしょ。いくら私の勘が悪くっても分かるって……にしても誘拐の次は監禁って、流石にやることが犯罪より過ぎるよ。

 ここまで光起くんのことが好きなのは立派だけれども……こんなことしちゃ駄目だよ、お天道様に怒られちゃうぞ」


「……吾妻川英玲奈………」


「さんをつけてよ。ヤンデレご令嬢。一応私の方が先輩だよ」


 吾妻川さんは塞島さんにギュッと抱き着いた。


「そして今は光起くんの彼女でもあるの」


「………はぁぁ????」


 天地がひっくり返ったような衝撃が頭のてっぺんからつま先にまで走った。

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