第8話 お着替えはいっぱいさせてきました
小学生のころのなんて事のない記憶だ。
「はぁはぁはぁ………僕はやり切ったぞ………達成したんだ」
「こーくんお疲れ様です」
甘芽が汗でコーティングされているような頭を暖かく撫でた。
「いっぱい頑張りましたね。偉いです。よしよし」
「そいつはどうも」
「そして無茶しましたね……海までくるのに電車を使わないなんて。20キロくらいはありますよ」
「だってさぁ………電車代使いたくなかったんだよ………小遣いがないんだ」
「そのくらい貸してあげるって言ったじゃないですか」
「お前に借りを作るのはごめんだって言っただろう」
「借りなんていくらでも作っていいんですよ……いつか返してくれるって信頼してますから」
まだまだ僕の頭を撫でるのを止めていない。
「もう皆ビーチバレーに興じていますよ。こーくんも早く水着に着替えてください」
「もう着てきたよ……ぬかりはない」
「あっそうなんですか。それじゃあちょっと万歳してください」
疲れ切っていた僕は言われるがままに万歳をした。すると僕の服を脱がしてくる。
「あらあら、汗だらけで身体に張り付いてますね……顔にも疲労の色がありありとでてますし、この後ちゃんと遊べますか?運賃なんて400円くらいなんですから
吝嗇ってなんだ……??
「ケチって意味です」
心の中を読まれた。
「余裕がないと心の中も読みやすいんですよ。
とにかく何事もほどほどにしましょうってことです」
「………実はさ」
「ん?」
ズボンを脱がされながら僕は唇を動かした。
「いやさ、ケチったのも確かなんだけどそれよりやってみたかったって気持ちの方が大きいんだよね」
「何をですか?」
「海までサイクリング。20キロってどのくらいのもんかなって思って……いや、そんな顔をするな。分かってる、そんなこと意味ないなんて……でもさ」
不意に甘芽の指が額を突いた。
「分かってますよ、幼馴染なんですから。
こーくんはやってみたいと思ったら、損得なんて関係なくやり遂げなくちゃ気持ちが悪くなるんでしょう……そんなの承知の上ですよ。
それでもやっぱりほどほどにした方がいいって老婆心ですよ。もし無茶をしたくなったら」
「なったら?」
すっかり水着姿にされた僕を真っすぐに見つめてにこりと微笑んだ。
「私を頼ってください。こーくんに頼ってもらえることは私の幸福ですから」
「………変わった奴」
「こーくんほどじゃないですよ。
なんにせよ頼られた分、私も頼りますから遠慮なく頼りまくって甘えてくださいね」
甘芽は小学校の頃から変わらない。甘芽の趣味は二次元の中に運命の相手を見出すことと誰かを甘やかすことなのだ。
甘芽は僕たち世代の中心人物だった。男女関係なく甘芽に皆が甘え、そして甘芽はそれに応えるように甘やかしてきた。ただ甘やかすだけでなく、言うべきことはしっかりと言う糖度100ではないタイプの甘やかしだ。高い母性と基礎スペックの高さ、そして天性の優しさが彼女を形成しているのだ。
そんな甘芽のことを僕は勝手に甘やかしのプロだと思っている……とはいえ
「ふへへへ~~~」
「よしよしです」
「もっと撫でて~~~」
「お任せください」
出会ってから日が浅い英玲奈がここまで骨抜きになるとは……我が幼馴染ながらとんでもない奴である。
甘芽が凄いのか、それとも英玲奈がちょろいのか………どっちもか?
まぁなんにしても尋常ではないことだな……今この状況は何もかも尋常じゃない。
目の前にある格子をコンコンと叩いた。金属の冷たく鈍い感触が拳に響く。
「なぁ二人とも、そろそろ満足したか?」
「うんっ」
「いいですよ……にしても驚きましたね。お泊り会をしていたらまさかこんなことになるなんて」
僕の名前は塞島光起、現在幼馴染の甘芽と彼女(仮)になった英玲奈と共に檻の中に監禁されている男である。
「……参ったなぁ……こりゃ」
取り合えずため息をついた。
なぜこんなことになったのかを説明するには少し前まで時間を戻す必要がある。
僕たちが三人だけのお泊り会をしていたその時まで。
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