第7話 漢泣きとはこういう時に流すもの

 私に幼馴染はいない。小さいころは保育園や幼稚園に通えなかったし、そもそも有り余る力をコントロールことができなかったから怖くて誰かの相手なんてできなかった。冗談抜きでお父さんや応助を何度か殺しかけたことがあるのだ。愛と勇気だけが友達だったなんて今思っても哀しい。


 だから幼馴染と言うものに憧れはあったのだが。


「よしよし、今日もこーくんは可愛いですね」


「はいはい、そいつはどーも」


「お弁当美味しかった?」


「ああ、いつも本当にありがとな」


 ちょっと今憧れをぶち殺したくなってるかも。


 仲良くなろうと思っていたけれどこれはダメだ、まずは一言申さないと私の彼女(仮)ライフに多大な支障が出る。


 そう思っていた時不意に虹雪さんが立ち上がり私に向かって邪気を祓う様な聖なる笑みを向けてきた。


「ちょっと二人だけでお話良いですか?」


「ん?じゃあ僕は席を外したほうがいいか?」


 虹雪さんがこくりと頷くと光起くんは軽く手を上げドアの外に出ていった。


 瞬間、私に深々と頭を下げる。


「ごめんなさい、こーくんが可愛くって貴女の前だって言うのについつい甘やかしちゃいました」


「ちょっと、急にどうしたの?」 


「だって、出来立てほやほやの彼氏に他の女があんなことしたら嫌な気持ちになるだろうなって……」


 あれ?いい子?


「昨日、こーくんから彼女ができたって聞いてとっても嬉しかったんです。でも同時にとっても哀しくて、もうこれまで通りには甘やかせないんだろうなぁって思って………保育園の頃からいっぱい甘やかして、いっぱいナデナデしてきたのも控えないといけないって。

 だから、これが最後の甘やかしだと思って思いっきり甘やかしたんです……いつもはあーんまでは滅多にしません」


「そ……そうなの?」


「そうです。それで貴女が来てもまだ満足ができなくって……でももう平気です。これからは貴女がこーくんを甘やかしてください。私はただの幼馴染として接します」


 トキュン


 何この子……いい子な気がする。とっても良い子な気がする!!!仲良くしたい!!!


 いやいやいやでも、それはそれ、これはこれ、しっかり確認しとかないと。


「あのさ、光起くんのことはどう思ってるの?」


「それは異性としてってことですか?」


「うん」


 私の返答と同時に虹雪さんは朗らかに微笑んだ。


「私のタイプには程遠いので絶対に彼氏にはしたくありません!!!」


 よしっ!!ちょっと複雑だけど……それでもよしっ!!!!


「だから安心してください。彼女になろうなんてこれっぽっちも思ってないですから。

 と言うか三次元の存在ってだけで私にとっては恋愛対象外です」


「ん?つまりそれは」


「私の旦那は二次元にしかいません…三次元の方には少しも欲情できないんです…こーくんの彼女さんに完璧なる安心を提供したいのでぶっちゃけました!!!」


 彼女の瞳に嘘の輝きは見受けられなかった。瞬間、私の心に完璧なる安心感というものが湧き上がってくる。


「そっか……良かったぁ。虹雪さんみたいな人がライバルだったらどうしようかって本当に不安だったよ……」


「あはは、だったら本当に良かったです。そしてありがとうございます」


 先ほどよりもさらに深々と礼をしてきた。今度はさらに何が何やら分からず首をかしげる。


「私にとってこーくんは弟みたいなもんなんです……これまで彼女作ったりせずに緩々と生きてきたのに急にこんな綺麗な人が彼女になってくれて………私は本当に嬉しいんです。

 こーくんの幸せは私の幸せでもあります。これからいっぱいこーくんを幸せにしてあげてください!!!!」


 めっちゃいい子!!!!!


 何この完璧なるスマイル……一点でも心に曇りがある人間にはできないものだよ。応助とかじゃ絶対に滲みだせないやつだよ!!!!


「はふ……あふふぅぅぅ」


「どうなされました?」


 気づいた時には虹雪さんを抱きしめていた。


「……吾妻川さん??」


「誓うよ……私は絶対に光起くんを幸せにする。

 虹雪さん、貴女も光起くんには必要な人だよ……私が彼女なんてことは気にせず、これからも良い幼馴染でいてあげてね」


「はいっ!!ありがとうございます!!!」


 ああ、幸せが押し寄せてくる……なんてすばらしいんだろう。


「それじゃあ吾妻川さん、一つご相談があるのですが」


「何かな?」


「あのですね、実はまだお二人が付き合う前にこーくんとお泊りする計画を立ててたんですけれど、流石に中止しようかって話になっていたんです。

 でも、そういうことでしたら開催してもよろしいでしょうか?もちろん、吾妻川さんも参加したいと言うことであれば歓迎いたします」


「いくぅ!!!」


 なんだ、幼馴染っていいもんじゃん。私の憧れは間違ってなかったんだ。

 

~~~~~~~~~~~~~


 その夜。


「嘘だろ………そんなことがあり得ていいのか………幻獣なんて生易しいもんじゃねぇ………それよりもっともっとあり得ねぇ…………幻々獣だ!!!!」


 私から虹雪さんとお泊り会の話を聞いた応助は床に蹲り、なぜか涙をボロボロと流しながらひたすらあり得ねぇ、と呟いていたのだった。


 幻々獣ってなんだよ、とは少しツッコミ難い雰囲気である。


「ありえねぇよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」 


「あり得るんだよ、応助」


「ちくしょぉぉぉぉ!!!!俺だってそんな幼馴染が欲しかったんだよぉぉぉ!!!幻々獣にいて欲しかったんだよぉぉぉ!!!!!!!!!!おっきいおっぱいに癒されたかったんだよぉぉぉ」


「そんな不純な想い抱いているから来てくれなかったんでしょ」


「ちくしょったれがぁぁぁ!!!!!!!!!!」


 血涙で顔が化粧されるほどの彼の慟哭はお母さんが「五月蠅い!!」と一喝するまで静寂を極めた我が家にどこまでも哀しく響き渡ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る