第5話 私と付き合わない?
お母さんとの心温まるやり取りを思い返した私は笑顔で前の座席へ語り掛けた。
「さてと、取り合えずお名前教えてもらおうかな」
私がぶっ壊した窓から気持ちの良い風が吹き込んできている。靡いている髪が何だか清々しい。
「…………貴女何者?」
それさっきも言わなかったっけ?まぁいっか。
「名前を聞くならまず自分が名乗れってこと?
私は吾妻川英玲奈、はいどうぞ」
「………
あら、綺麗な名前。
「ついでに運転手さんは?」
「えっ………えっと、自分はお嬢……玲愛様の付き人で
「それ本名?」
「本名っす」
ありきたりすぎて逆に偽名に思えちゃう。
「まぁいっか、二人とも名前と顔は覚えたよ。もう、こんなことしちゃ駄目だからね。次同じようなことしたら、私怒っちゃうから」
「え?」
私は塞島くんをぎゅっと抱きしめた。そして今度はちゃんとドアを開ける。
「ちょっと待ってちょっと待って、吾妻川さん何をする気………まさか………まさか」
「じゃ、バババーイ♪」
そして跳んだ。カンガルーを彷彿とさせるジャンプだ。
「うおぉっ!!!」
見事に着地をした私は塞島くんをそっと地面に立たせて伸びをした。
「ふぅーう……つっかれたーー。
塞島くんも災難だったね、脅迫の次は誘拐未遂なんて」
「………いやあの………色々マジで?」
どうやら混乱しているようだ。そういうのに強い性格だと思っていたけれど、流石にキャパオーバーらしい。
そんなところも愛おしい。愛している人であれば全てを受け入れられるって話は本当だったようだ。
「とにかく今は落ち着こうか……うん、それがいい。こうしよう」
塞島くんの頭を撫でながらゆっくりと私の胸の中に押し込んだ……
と、思ったらすぐに胸から顔を上げてきた。
「窒息するから止めて」
「え~~でもこれが一番落ち着くってお父さんが言ってたよ」
「おっぱいは確かに鎮静剤の効果を持つけれど、同時に興奮剤の効果も持っているから……とにかく僕はとっくに落ち着いているから安心して。
そんでもって心の底からありがと、危うく誘拐されかけた」
「どういたしまして」
私たちは近くの公園のベンチに座った。
「で?月詠ちゃんがAちゃんってことでいいよね。まさか他にヤバい子がいるなんて面白こと言わないでよ」
「まぁここまで来たら隠しても仕方ないか………そうだよ。
しかしまさか誘拐までしてくるとは……」
「本当に参ったよね。と言うか月詠ちゃんって何者なの?誘拐するくらいアグレッシブなのは置いといても手足になる屈強な男を従えるのは普通じゃないよ」
「ああ、転校してきたばっかりの吾妻川さんは知らないのか。
あのさ、月詠家ってのはこの
「ほほう、ご令嬢様か……どおりで品があると思ったよ。
でもそんなスペックバカ高い子なのになんで付き合わないの?顔もその辺の女優よりも可愛かったけど」
「んなこと言われても心が動かないからしょうがないじゃん。
それに剥き出しの地雷さんだし……殺すぞって言ったり誘拐してくるような子はちょっと」
納得しかない理由。そしてなんてラッキーなんだろう、こんなの私のチャンスしかないじゃん。
「さて、これからどうするか………」
「じゃあ私と付き合わない?」
「は?」
「もちろん本気じゃなくてもいいよ」
そのうち本気にさせるけど。
「ただ彼女もちならあっちもそのうち諦めるかもしれないじゃん、少なくともフリーよりはずっと可能性が高いと思うよ」
「……確かにそうかもしれないけど、吾妻川さんは良いの?」
良いしかないよ。
「良いの。だってそうしたほうが面白そうじゃん。
青春は面白くなくっちゃいけないよ。美味しい部分は全力全開で享受しなくっちゃ」
これも本音。でもマジで付き合うのが本目的。
「………まぁ吾妻川さんのメンタルは普通じゃないなんてとっくに知ってたからいいけど。
そうだなぁ、それに人智を超えたフィジカルまで持ってる……ありかも」
「でしょでしょでしょ!!!付き合おう、とっても付き合おう、めちゃくちゃ付き合おう!!!」
「………よし、それじゃあよろしく」
よっしゃぁぁぁ!!!ヤンデレご令嬢を口実に彼女(仮)になることに無事成功!!!
ああ、見える。これからの麗しい未来が。
「幸せぇ♡」
そんな英玲奈を見て塞島光起はこう思った。
(そんなに面白いのかな?やっぱ乙女心って分からん)
「じゃ、取り合えず」
私は破願させたままベンチから立ち上がりクルリと回った。
「改めてよろしくお願い。
貴女の彼女、吾妻川英玲奈だよ」
「ははっ、じゃ僕も。
貴方の彼氏、塞島光起です」
「ふふふ、塞島くん……いや、光起くん。偽装カップルなのは私と貴方だけの秘密だよ。誰にも言わないでね」
「わーってるよ」
うふふ、また秘密が増えちゃった♡それも私達二人だけの秘密♡
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