第3話 私の身体の秘密だよ

 塞島くんの暖かい視線が生肌に染み渡る……新感覚の幸福。 


「……まったく、天晴としかいいようのない好奇心だね」


 塞島くんは軽く息をついた後スマホを操作した。ジェスチャーで見るように促されたので画面を見ると先ほど送った私の下着写真が削除されるところだった。


「別にアダルトなことに使ってもよかったのに……こんな機会滅多にないよ」


「使う予定はなかったから未練はない。あとそう言うこと言わない方がいいよ。口軽女に思われなくても尻軽女認定されちゃうから……さて、それじゃあ吾妻川さんの口の堅さを信頼しよう。

 女装をした理由だけどね……僕一昨日とある女の子、仮にAちゃんとするね、Aちゃんに告白されたんだ」


「………え?」


 先を越された?なんてこった……


「で、断ったんだけど」


 よっしゃ。越されたと思ったら派手に転んでた。ゴールテープをきれなければ意味はないのだ。


「そしたら急に負のオーラをバリバリ放ってきてさ。まぁ振っちゃったわけだし、それだけなら分かるんだけど、おもむろに包丁取り出して僕を刺し殺そうとしてきたんだ」


 柔和な笑みと共に唇を動かし続ける彼を真っすぐに見つめながら私の心はキュンっと動いた。


「いやぁ、貴方を殺して私も死ぬ!!なんてセリフを現実で聞くことになるとはね」 


「体験したくはないけど聞く分には面白い話筆頭みたいな経験じゃん」


「でしょでしょ。こっちは全然面白くなかったけどね。

 まぁそん時は何とか命がけで包丁をよけて命がけで包丁フッ飛ばして命がけで説教したんだよ……いやぁ、恐ろしかったな」


 命かけまくってるね。当たり前か。


「でも色々吹っ切った今となってはいい思い出でもあるんだよね」


 一昨日のことでしょ、光速の世界で生きてんのかな。


「包丁も本物じゃなくておもちゃだったし……あれが本物だったら流石に通報してたかもしれないね」


 ああ、おもちゃだったんだ。十分ヤバいけど。


「とにかく同じ轍を踏まないために乙女心を理解したほうがいいかなって思って……ただどうすればいいのか分かんなかったからひとまず形から入ろうと思ったんだ」


「ほぉ…理解できるけど絶妙に納得できない話だね」


 少し肌寒さを感じた私は服を着なおした。 


「ちなみに女装活動を経て乙女心は分かった?」


「全然」


「だろうね」


「僕が女だったらこんな男には惚れないってことしか分かんなかったな」


「ナルシストじゃないことは分かったよ」 


 そして告白するなら今じゃないってことも分かった。


 流石に殺されかけた直後を使うほど空気の読めない女じゃないよ、私は。


 えっへん。


~~~~~~~~~~~~~


 さて、突然ではあるが私こと吾妻川英玲奈には秘密がある。

 人間生きてれば秘密の一つや二つや三つや四つ………以下数字を増やしていくものとする………とにかく秘密は大量にあってしかるべきだろう。しかしながら私の秘密は普通ではあり得ないくらいに大きい。もし人の秘密に質量があるのならばきっと月くらいにはなるはずだ。


 王様の耳はロバの耳と知ってしまった床屋がいたらしい。その床屋は穴に叫んで言いたい欲を抑えたらしいけれど果たしてその床屋は私の秘密を知ってしまった時、穴に叫んで済ませられるだろうか。ブラジルに届くほどの大穴でもきっと済ませられれないだろう。


「塞島くん、一緒に帰ろう」


「ん?なんで?」


「一緒に帰りたいの。

 できれば塞島くんの家まで言ってお茶飲みたいな」


「馴れ馴れしさが惑星クラスだな……茶は出すつもりないけれど吾妻川さんの家の前くらいまでなら送るよ」


「エイサー」


「何故急に沖縄の踊りを」


「ヤッターの間違いだった」


「音引きしかあってない」


「音引きって何?」


「スキーとかラッキーとかについてる伸ばす棒のこと」


「一つ賢くなりました」


「なら何よりだ。

 あ、でもやっぱりやめる?」


「なんで?女の子と二人きりでいるのが急に恥ずかしくなったの?思春期爆発したの?愛い奴め」


「言い方が雅。

 そうじゃなくってさ、女子と一緒にいるのをAちゃんに見られたりしたら何が起こるか……僕だけが被害に遭うならともかく吾妻川さんも巻き込まれるかも」


「あっはっは、しっかりお説教したんでしょ。好きな人からされるお説教ほど効くものはないから大丈夫だよ」


「そういうもんなの?」


「多分そうなんじゃないかな。私好きな人から怒られたことないから知らないけど」


「説得力がないな」


 と言うか塞島くんに会うまで好きな人も出来たことなかったし。


「やっぱり心配だわ」


「平気平気、私強いからむしろボディーガードできるくらいだよ」


「………うーん……まぁ多分大丈夫か。お説教も2時間くらいコンコンとしたし」


 まったくもう、心配性なんだから。



 と、思っていた時期が私にもありました。


「早く出して!!!」


「はいお嬢!!!」


「放せ!!!放せよこら!!!!!」


 コンビニでおやつ代わりのプロテインバー買っていたら屈強な男二人に取り押さえられた黒塗りの高級車に放り込まれる塞島くんがいた。慌てて高級車に走り寄る。


「何やってんの!!??」


「ああもう、早くしなさい!!!」


 女の子の可愛らしい声が轟いたのとほとんど同時にドアが乱雑に閉められ車が急発進した。「南無三!!!」


 思い切って走り幅跳びの要領でドアに跳び、ドアノブを掴んだ。


「よしっ………ってあれ?」


 私のことなんか気にも留められていないのか、それとも気づかれてもいないのか車がビュンビュンと風を切った。体感だが80キロは超えているだろう………


「うわぁぁ、風を感じる。世界が動いているってよく分かる」


 法定速度オーバーしてるよねこれ多分……そもそも誘拐している時点で法律違反か……じゃあこれは可哀そうな被害者を救うために仕方のないこと、つまり


「正当防衛ってことで」


 腹筋と腕力を思いっきり使い車の勢いに負けずに身体を立てて、サイドウィンドウに真っすぐに向き合う形にする。


「後は簡単、右ストレートでぶっ飛ばす!!!」


 ガシャンッ!!!!


「うおっ!!??なんだぁぁ!!!??」


「季節外れのサンタクロースでーす。あ、やっぱりトナカイの方で。そっちの方が可愛いから」


 ぶち割った窓から車の中に侵入をした。


「ったくもう、男子高校生を誘拐とか今日日ヤクザでもしないでしょ……って言うかヤクザさんですか?」


 屈強な男の内一人は塞島くんを押さえつけ、もう一人は拘束しているところだった。あとついでに先ほどは気づかなかったが運転手役に一人、助手席に可愛い系の女の子が一人……乙女の直感で察するにこの子が件のAちゃんだね。月をあしらった髪飾りがなんともチャーミングだ。


「まぁ、ヤクザでも警察でも一般人でもどうでもいっか」


「は?」


「これから起こることは私達だけの秘密にしてね」


 私には秘密がある。


「まずは手始め、右ストレート!!!」


「ごふぅっ!!!」


 別に恥ずかしいことではないが世間にバレたら面倒だなって思う秘密。


「おまっ!!女でも許さんぞ!!!」


 剛腕から右ストレートが飛んできた。お腹に当たったが、別段どうということはない。本当の右ストレートと言うものを教えてあげよう。


「気にせず次も右ストレート!!!!」


「ぎゃばらっ!!!」


 手早く屈強な男二人を右ストレート二発で気絶させた後塞島くんを拘束から解く。


「ふぅ……一丁上がり。あっ、運転手さんには手を出さないから安心してね。事故るのは嫌だし」


「………貴女……何者?」


「見て分かんなかった?か弱い見た目をした超人だよ」

 目を見開いた塞島くんが私を見つめている……ああ、なんて刺激的な瞳なの?ドキドキする。


 胸に手を当て、胸を張って、胸の内に秘めていたとあることを喋る。


「私ね、果てしないほど途轍もなく強いんだ。御覧の通り人間の限界を超えてるレベルで肉体強度が高いの」


 ちなみに転生した時神から授かったとか人智を超えたスーパーハードトレーニングのたまものとかそういうのではなく、生まれつきである。


「うっそぉん」


 良い声だよ塞島くん。


「本当。もっかい言うけれどこれ秘密にしといてね。政府の機関とか海外の謎の組織に狙われたら面倒だから」


 ああドキドキする。この胸のトキメキの一回一回は間違いなくさっきの右ストレートよりも強い衝撃のはず。


 好きな人と秘密を共有する、これほど素敵なことはそうそうないだろう。


 ああ、し♡あ♡わ♡せ♡

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