恋愛初心者とヤンデレ美少女と

第1話 初恋はあまりにも意外な形の二目惚れ

 好きな人と秘密を共有する、これほど素敵なことはないだろう。いつか私の全てを知ってもらえればその時の幸福感は一体どれほどのものだろうか……考えただけで頬が蕩けそうだ。


 私の初恋は一目惚れならぬ、二目惚れだった。


 羽遊はゆう高校に転校した初日に会った愛しの彼こと塞島光起くんの初対面の印象は、どこにでもいそうなのにどこにもいないような人だった。


 特別ルックスが優れているわけでもないし、身長が高いわけでもない、群衆の中に石を投げれば3投もすれば当たりそうな平々凡々の外見。しかし、その瞳の奥にはこれまで誰にも感じたことのない、ヘドロのようにドロドロとしているのに水晶のように透き通った何かを持っていた。


 だが私は一目見るだけで人に惚れるような尻軽女ではない。メディアで活躍するイケメンにも、小学生みたいな可愛らしさを持つ高校生男子にも、ダンディな見た目を持つおじさんにも一目でときめいたことはない。一目って言うか百目してもときめかない。ついでに言えば女性にもそういう感情を持ったことはない。


 と言うか正直顔だの身長だので人を好きになるという感覚が私には全く分からない。容貌なんて区別できればそれでいいではないか、ミロのヴィーナス顔負けの整いすぎた顔面だろうが、幼児が書いたへのへのもへじだろうが、汚泥を塗ったようなブサイクだろうがどうでもいいだろう。顔面なんて両親から受け継いだものでしかない、その人が自分の力で手に入れたものではないのだから。


 塞島くんを二度目に見たのは私が慣れない土地で迷っているときだった。引っ越してきたばかりの私は日課のランニングのついでに土地勘を得ようと適当に走っていた。途中で可愛いワンちゃんと並走したり、猫パンチを繰り出している猫ちゃんたちのキャットファイトを鑑賞したり、大空を優雅に流れる雲を眺めていた。


 そして道に迷った。


 しかし私はちゃんとスマホを持っていた。これさえあれば迷子になろうがちゃんと帰れると信じて疑わなかったのだ。


 だがここで一つ問題が起こった。


「やべ、住所忘れた」


 うっかりしていた。完全無欠にうっかりしていた。


 前の住所ならば覚えているのだが、当然そんなことは何の助けにもならない。お母さんに電話をしてみたが仕事中なのか繋がらない。


「どーしよっかな」


 勘で歩いて見覚えがある場所まで帰れると信じようか……いや、それはダメだ。もっと酷い状況になるのが目に見えている。私の勘は当たらないことで有名なのだ。中学ではあまりにも当たらなすぎて私の勘の逆張りをする友達が続出したくらいである。


「………近くになんか建物あったっけ?」


 数件のコンビニを思いついたがいかんせん、マップアプリにそのコンビニ名を入れてみると何件もありどれか特定ができない。


「…ふっ、自力じゃ無理だね……」


 お母さんの仕事が終わるのはあと1時間くらいかな?とりあえず今はメッセージだけ入れておこう。


『メーデーメーデー。助けてくださいお母様。可愛いお子様が迷子になっております』


 これでよし。


 取り合えず喉が渇いたので近くのコンビニでお茶を買った。すぐ前にあった子供が一人もいない公園のベンチに座る。砂場と鉄棒だけが所在無さげに置いてあるだけだけどここって公園だよね……まぁどうでもいっか。


 隣には髪の長い女性がいた。黒色のセーラー服に黒のニーソックス、頭には淡い青色のリボンがついていた。ブックカバーのついた小説を読んでいるようで、その様子はなんとも堂に入っている。


「……あれ?」


 よく見て見るとなんか妙だった。喉仏があるような……


 すると私の声に気づいたのか女性が私の方を向く。


「ん?なんか見たことあるな……あっ」


 その声は間違いなく男性のものだった………と言うか


「転校生さんじゃん……えっと、吾妻川あずまがわ英玲奈えれなさんだっけ?こんなところで奇遇だね」


 そう、彼女は……いや、彼は塞島光起くんだった……少しの恥じらいもない様子で、少しの躊躇いもなく、本当に普通に同級生と偶然出会ったといった感じで片手を軽く上げる。


「よっす」


 女装しているのだ……私がそう頭で認識した時、不思議なことに心がキュンっとときめいた。


「塞島くんだよね……なんで女装してるの?

 あれかな?実は心は女の子とか?じゃあ塞島ちゃんって呼ぶけど」


「心遣いありがたいけど。バリバリ男」


「いつもしてるの?」


「いや、さっき初めてした」


 それにしてはやけに板についてる気がする。


「じゃあ何でこんなことを?」


 ハッ


「まさかその格好で女子トイレや女湯に侵入する気なんじゃ……無理だよ、絶対にバレるから。悪いこと言わないから邪念は捨てて」


「しないしないしない、そんなこと絶対しない。

 なんで女装してるかって言うと………うーん………「趣味なの?」………違うね。と言うか趣味だったらこんなクオリティの低い仮装で終わらせないんだよね。僕って結構凝り性だからさ。ああ、いらないこと言ったな。

 ……うーーーーん」


 彼は本当に言葉を探しているようだった。


「強いていうなら知りたかったから」


「な…何を?」


「乙女心。僕って形から入るタイプだからさ、取り合えず文学少女でもやってみようかなって」


 分からない……少しもちっとも全然分からない………なんで……なんで私は


「乙女心が知りたいって、好きな人でも……いるの?」


「いないよ。生まれてこのかた一度たりとも恋をしたことはない。恋をしたいとは思ってるけどね」


 こんな甘い気分になってるの?


 ドキドキする……堪らなくドキドキする。


 私って……もしかして特殊性癖の持ち主なの?女装にトキメキしちゃう女なの?


「ちなみにこれ、妹から借りた少女向けノベル……内容はえぐかったけどなかなか興味深かったよ」


 下手くそで不細工な女装の笑みなのに……なんで綺麗に見えてるの?


 ドキドキドキドキドキドキ


 これが初恋だと気づくのに時間はかからなかった。

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