第4話 母は偉大な魔女
「え、それってどういうこと……?」
女性は困惑した様子で、アイルを見つめた。
だが、困惑しているのはアイルも同じで、今、この研究室では困惑した2人が見つめ合っていた。
「どういうことも何もその言葉の通りですよ。ミリーゼ・フレアルージュは、俺の母と同じ名前なんです」
「つまり、君はあの偉大な魔女、ミリーゼ様の息子ってこと?」
「いや、それは分からないです。そもそも今まで俺は人間として生きてきたつもりだったので、急に母が偉大な魔女かもしれないと言われても……」
「それもそうよね! それじゃあ、もう少しミリーゼ様の話の続きをしましょうか。そうすればもしかしたら、君の母なのかどうか分かるかもしれないからね!」
「そうですね。お願いします」
アイルは女性からもう少し詳しく自分の母かもしれない偉大な魔女の話を聞くことにした。
「ミリーゼ様は戦争時、人間たちの攻撃をものともせず、終始圧倒していたわ。だけど、魔女側もミリーゼ様がいなければこの戦争で人間たちに勝つのは容易ではなかったと言われているの。それくらいミリーゼ様の強さは当時の世界で圧倒的だった」
「最強の魔女だったってことですね」
「そういうことになるわ。それで、戦争決着の際に杖を剣の姿に変化させてアルトリアの街中に刺したって話をしたと思うけど、それを魔女の勝利の証とするために人間には抜けない魔法をかけていたの」
「え、それってつまり……」
「そう、人間には抜けない剣を君が抜いて持ってきたから必然的に君が人間でないことが分かったってことね」
女性がアイルを助けた理由としてアイルが人間じゃないからというのがどういう意味なのかようやく理解することができた。
そして、それと同時にその剣を抜くことができたアイルが人間ではないという可能性が高くなり、そうなると自分の母が本当に魔女であるという可能性も現実味を帯びてくることになる。
アイルは父と母がいなくなる前の幸せな日々を思い返しながら、母の言動に魔女っぽいものがあったのか探し始めたのだが、そこでアイルは一つだけ引っ掛かる点を見つけたのだ。
「あの、母のことについて一つだけ思い出したことがあります」
「本当?」
「はい、母と一緒に暮らしていた時、母は常日頃から自分の苗字を外で口にすることはなく、俺にも外で自分の苗字である『フレアルージュ』は一切出さないように言われていました」
「それって」
「自分が魔女ってことを隠すため……だったんですかね?」
そう。アイルの母は、外に出るときは『ミリーゼ』という名だけを使い、一度たりとも自身の苗字を外で言うことはなかった。
当時のアイルも不思議に思うことは何度かあったが、愛する母が隠すのなら何か理由があるのだろう程度にしか考えていなかった。
だけど、今になるとそれが魔女としての自分を隠すためだったという可能性が出てくる。
「やっぱり君は偉大な魔女の息子なんだよ! 普通に人間社会で生活していて苗字を隠すことなんてないはずだもの。それに、その隠している本人のフルネームがあの偉大な魔女と同じで、その息子である君は人間の抜けないはずの剣(杖)を抜いた。ここまで聞いて自分の母が人間だと思う?」
女性はアイルが偉大な魔女の息子であると確信した様子だった。
ここまで聞くとさすがにアイルも母が魔女である可能性がだいぶ高い、というかほぼ確定だろうと思い始めていた。
だが、そうなると父と母が自分を置いていなくなったのも魔女と関係があるのだろうか。アイルの中にはその疑問が浮かんだ。
「たしかにここまで聞くと、俺の母が偉大な魔女で、俺はその偉大な魔女の息子なのかもしれないと思い始めてきました」
「やっぱりそうよね!」
「だけど、一つだけ分からないことがあるんです」
「うん、言ってみて」
アイルは頭の中の疑問を伝えてみることにした。
「俺の母が父と一緒に俺の前から姿を消したのも母がその偉大な魔女だったからですかね?」
「えっ、姿を消したって……あっ、確かにさっき『母と一緒に暮らしていた時』って言ってたわね。あれってそういう意味だったのね」
「はい。5年くらい前に急にいなくなってたんです。2人揃って」
アイルは自然と涙を流していた。
5年も前の話だからもう気にしていないつもりだったはずなのだが、心のどこかでは父と母がいないことへの寂しさをずっと抱えたままだったのかもしれない。
そんなアイルを見た女性は慰めるようにぎゅっと抱きしめた。
「今まで辛かったよね。でも、大丈夫。2人はきっと君を捨てたわけじゃないわ」
「本当ですか?」
アイルは自分の涙を拭った。
それを確認した女性はアイルを抱きしめていた腕を離した。
「君のお父さんは多分だけど普通の人間よね? 人間っぽくない言動とかしてなかったよね?」
「うん、してなかったと思う」
「となると、君のお母さんが魔女だとバレて人間たちに捕まって、君のお父さんは魔女と一緒に暮らしていたから人類の裏切り者として一緒に捕まったんじゃないかな」
「だったら、今も捕まっているかもしれないってことだね」
「そういうこと。だから、諦めないで」
「う、うん。わかったよ」
父と母が自分を捨てたわけではなく、人間たちに捕まっている可能性があることを知ったアイルは絶対に2人と再び会うことを諦めないと誓った。
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