第5話 優しさ
「とりあえず今日はもう疲れたと思うからお風呂に入ってから寝なさい。この部屋のベッド使っていいからさ」
「はい、ありがとうございます」
「ふふっ、いいのよ」
女性はアイルを風呂場へと案内し始めたのだが、そこでアイルはまだ女性の名前を聞いていないということに気が付いた。
これから必要になる可能性もあるため、アイルは風呂に入る前に女性に名前を聞くことにした。
「そういえば、聞いてなかったのですが、お名前は何ですか?」
「あっ、まだ自己紹介していなかったわね。私は、ルミナス・ローズよ。気軽にルミナスって呼んでいいからね! よろしくねっ」
「はい、よろしくお願いしますルミナス……さん」
「あははっ、さすがにすぐに呼び捨ては出来ないか」
アイルはルミナスと握手を交わしてから、風呂場へと入った。
疲労もたまっていたうえに、久しぶりに入る風呂ということもありアイルは風呂場で危うく眠ってしまいそうになったが、シャワーの温度を下げ、冷水を頭からかぶり何とか眠らずに済んだ。
風呂から上がると、ちゃんとアイルのための着替えが用意されていた。
本当に何から何まで申し訳ないなと思い、アイルはルミナスに感謝した。
「お風呂、ありがとうございました。気持ち良かったです」
「それは良かった。さ、もう今にも気を失いそうでしょ? そこのベッドで寝てね」
「はい、本当にありがとうございます。それじゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみっ」
この日、アイルはベッドに入って数秒で眠りについた。
長距離の移動と盗人扱いされて追い回されるという事件もあり、かなりの疲労で気を失う寸前の状態だったのだろう。
ベッドに入り、すぐにスヤスヤと眠りについたアイルを見たルミナスは安心したようにニコリと笑みを浮かべた。
*****
――翌日、朝。
「おはようございます」
「ん、おはよ」
アイルが目を覚ました時にはルミナスはすでに起きており、朝食の用意をしているようで、部屋の中は食欲をそそる良い香りが漂っていた。
匂いに吸い寄せられるようにアイルはルミナスの隣に立っていた。
「手伝いましょうか?」
「ううん、大丈夫よ。もうできるからアイルは座って待ってて」
「え、俺の分も作ってくれたんですか?!」
「もちろん。腕によりをかけて作ったから期待しててね。とは言っても簡単な物ばかりだけど」
「ありがとうございます!」
まさか自分の分まで作ってくれているとは思っていなかったので、アイルはかなり驚愕していた。
それに、これはアイルにとって久々のちゃんとした食事なのだ。
座って待つこと数分、ルミナスは食事を食卓に並べ終えた。
「それじゃあ、食べましょうか」
「はい」
「「いただきます」」
食卓には、様々な野菜、卵、ハムなどが挟んであるサンドイッチとキノコをたっぷり使用したクリームスープが並んでいた。
何も食べれない日もあるような生活が続いていたアイルにとってはかなり豪華な食卓である。
(美味しすぎる……っ! こんなに美味しい食事をしたのはいつぶりだろう……)
アイルは食べ進めていくうちに自然と涙を流していた。
母が毎日温かくて美味しい料理を作ってくれていた時のことを思い出してしまい、涙が止まらなくなってしまう。
「どうしたの!? 美味しくなかった?」
「いえ、とても美味しい……です。昔、母が毎日料理を作ってくれていたことを思い出してしまって……」
「そういうことだったのね。今まで本当によく頑張ったね」
ルミナスは泣いているアイルの頭をポンポンと優しく撫でた。
*****
朝食を済ませ、食器等も片付け終えると、ルミナスはアイルに自分と同じ黒色のローブと魔女帽子を渡した。
「え、これは?」
「今から
「え、魔女の国に!?」
「そうだよ。アイルはもう人間たちの国に帰れないでしょ?」
「はい」
「だったら、魔女の国で暮らした方がアイルにとっても良いと思うの」
ルミナスはアイルを魔女の国へと連れて行ってくれるようだ。
アルトリアに戻るつもりはなかったが、まさか魔女の国に連れて行ってくれるとは思っていなかったアイルはかなり驚愕していた。
「俺にとっては有難いですけど、良いんですか?」
「もちろん。ここは、研究室だけど魔女の国にはちゃんと私の家もあるから、そこで一緒に暮らしましょ」
「え、一緒に!?!?」
「ええ、もちろん。それとも私と一緒に暮らすのは嫌?」
ルミナスはアイルを魔女の国に連れて行ってくれるだけでなく、一緒に暮らしてくれるというのだ。
一緒に暮らしてくれるとは思っていなかったアイルは素直に嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「そんなことないです! ルミナスさんに迷惑掛からないかなぁ、と思って」
「そんなこと気にしないでいいのよ。私も一人で生活するより誰かと一緒にいる方が安心するからね」
「ルミナスさんが良いんだったら、これからよろしくお願いします」
「うん、改めてよろしくね」
魔女の国で一緒に暮らしていくことを決めた二人は研究室を出た。
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