第2話 盗人扱い
「なんだなんだ!?」
アイルが鳴り響き続けるサイレン音に慌てふためいていると、街中に設置されているスピーカーから低音の男性の声が流れ始める。
『あー、あー、聞こえているかアルトリアの皆よ。たった今、街中にある''勇者しか抜けない剣''をどのようにしてかは分からないがどうやら勇者ではない者が盗んだようだ。その者の姿を電光掲示板に載せるので見つけた者は即連絡するように。可能であれば捕まえてくれるとありがたい。もちろん報酬は用意しよう。それでは、皆、頼んだぞ』
放送が流れ終えると、街の中心に設置されている大型電光掲示板にアイルの後ろ姿の写真が映し出された。恐らく監視カメラに映っていた映像の一部を切り取った画像だろう。
幸いなことにアイルの顔は映っていないようだった。
だが、服装などははっきりと映っている。
どうしたものかと周りをキョロキョロと見回していると街の住人たちが一斉に外に出てきたのだ。放送を聞いて勇者しか抜けない剣を盗んだ犯人を捕まえて報酬を得るために出てきたのだろう。
そして、その犯人に仕立て上げられているのがアイルである。
そのため、街の住人は一度電光掲示板の映し出されている画像を見た後、その近くで剣を握りながら慌てふためいている画像と同じ服装の少年――アイルを確認すると獲物を狙う猛獣のような勢いで大勢がアイルに向かって走り出した。
「あいつだ! 捕まえるぞ!!!」
アイルは剣を握ったまま街の住人たちから逃げるようにしてアルトリアの外に出た。が、住人たちも報酬が懸かっているので簡単には諦めてくれないようで多少人数は減っているかもしれないが未だに多くの人数で追いかけている。
頭を悩ませながら走り続けていると前方に巨大な森が見えた。
(たしか、アルトリアを出てすぐの場所には魔獣の住む''魔獣の森''があるって聞いたことがある)
そう。アイルの考えている通り、前方に見えているのは''魔獣の森''である。
どんなに屈強な騎士でもその森には近づかないと言われている。さらに、その森には魔獣だけでなく魔獣よりも恐ろしい魔女たちも住んでいるらしいのだ。
「くそっ、こうなったら自分の運に賭けるしかないか! もう、どうにでもなれぇっ!!!」
そう叫びながらアイルは''魔獣の森''に入った。
アイルを追っていたアルトリアの住人たちも報酬が出るとはいえ、さすがに''魔獣の森''に足を踏み入れる勇気はなかったようで引き返してアルトリアへと戻って行った。
「さすがにもう追ってこないか……」
追手が来ていないことを確認したアイルは近くの木にもたれ掛かるようにして座った。
ただでさえアルトリアまで長距離を歩いてきたのに、アルトリアに辿り着いたと思ったら剣を盗んだと犯人にされ追いかけまわされ、しばらくは立ち上がることすらしたくないと感じるほど疲労が溜まっていた。
「この剣、抜いたら金もらえるんじゃないのかよ。噂はあくまで噂か。金に目がくらんですぐに剣を抜いた俺も悪い、か」
不満を漏らしながらアイルはゆっくりと目を閉じた。
ここが危険な''魔獣の森''であることは知っていても疲労による眠気には抗うことができない。
そんな中、あと数秒もすれば完全に眠りにつきそうな瞬間、近づいてくる足音が聞こえてきた。
(ここは魔獣の森のはずだ。人がいるとは考えづらいけど……)
アイルはもしものために剣を強く握りしめながら足音の聞こえてくる方向を注視する。
暗くてはっきりとは見えないが、人影が近づいてくるのを確認した。
アイルは魔獣ではないことに安堵し、その人影に向かって声を掛ける。
「おい、あんたこんなとこで何してるんだ?」
「あら、珍しいね。この森に来客が来るなんて」
返ってきたのは美しく、鈴の音のように優しい声。
その優しい声にアイルは再び安堵し、力を振り絞り疲労困憊の足で立ち上がって、その女性に自ら近づく。
「申し訳ないが、来客ではないんだ。ただ追われててこの森に逃げ込んだだけなんだ」
「そうだったのね。それは災難だったね。とりあえず私の研究室まで来る? さすがに追手がこの森まで入ってくるとは思わないけど、一応私の研究室の方が安全だと思うわ」
「研究室? まあ、そちらが良いのであればお願いするよ」
「ふふっ、わかったわ。それじゃあ付いてきて」
(研究室ってことはこの人はこの森の魔獣の生態について研究しているのだろうか)
そんなことを考えながらアイルは女性の後を付いて行った。
そこから数分ほどで彼女の研究室と思われる木製の建物に着いた。暗くて分からなかったが意外と近くにあったようだ。
「ここですか?」
「ええ、そうよ。さあ、入って。電気も付けるわね」
「はい、ありがとうございます」
女性が電気をつけると、女性の顔がはっきりと見えるようになった。
そこには、綺麗な顔立ちで、腰まで艶やかな美しい黒髪を伸ばし、黒いローブを着た姿があった。さらに、部屋の机の上には数えきれないほどの数の厚い本と、その上に頭頂部がとがっている黒色の
ローブを着ているうえに、机に鍔の広い三角帽子。
それらをみて思い浮かぶのは一つしかない。
それは、''魔女の存在''である。
アイルは目の前の女性が魔女かもしれないと思い始めたが、不思議と恐怖感はなかった。魔女は人間からすれば恐怖の対象のはずなのだが、その女性から怖さは全く感じられない。
(やっぱり俺の勘違いで、この女性は魔女と似た服装をしているだけのただの人間なのだろうか。とはいえ、人間社会で魔女のような服装をしていたら嫌われそうだけどな。だから、この森で暮らしているのかもしれないな)
女性は自分を見ながら考え込むアイルをみて不思議そうな顔をした。
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