第6話 二人の少女③
優しく言った彼女にサキがこう言った。
「ヒトミがそんな優しいから、私たちは・・」
それは泣き叫ぶような声だった。
その後の言葉が聞き取れなかったが、大人しそうな子の名前がヒトミだと分かった。
ヒトミ・・その名前も同じだ。
いつも僕を助けてくれた女の子は井村ヒトミという名前だった。これも偶然の一致だというのか。違う点は僕が「ミムラ」という名前ではないということだけだ。
あとは同じだ。
不良娘がサキで、大人しそうな子がヒトミ。
襲い掛かるあまりの偶然に体が震えてくるのを感じていた。
同時に、二人の少女が何ゆえに僕に絡んでくるのが分からなかった。
「どうして逃げたの?」「怖かったのね」「誰かに助けを・・」
全ての言葉を羅列しても、意味が繋がらない。
彼女たちは何が言いたいのか、そう思った時、月が雲に隠れたり現れたり、切れかかった蛍光灯のように明滅をを繰り返し出した。同時に、二人の口調が大きく変わった。
「私は、ミムラくんをユルサナイ」
サキの声がくぐもって聞こえる。何重にも重なる、心の中に響くような声だ。
「ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ・・」
呪詛のような重い言葉が何度も繰り返された。
サキだけではない。優しそうに見えたヒトミも募らせた恨みを放つように繰り返し出した。
体が動かない。何かが僕の体を引き留めているようだ。
耳の中に、池のザッブン、ザッブンというさっきより大きな音が鳴り響いている。
水が大きく波打つのは、風のせいなのか、月の力なのか。
空に煌々とした丸い月が再び現れた。
僕は綺麗なはずの月を恨めしく思った。
月明かりがなければ、二人の少女には僕の顔が見えなかったはずだ。
見えなければ、彼女たちは僕を「ミムラくん」と呼ばずに、そのまま去っていったはずだった。
そう思った瞬間、
「あああああああ」
とても少女のものとは思えない声が上がった。泣いているのか、身悶えしているのか分からないような声だ。
その声の原因を知ろうと彼女たちに目を移すと、今度は自分の目を疑うことになった。
何度も目を瞬かせたが、間違いない。
それは月明かりの下、はっきりと見えた。
サキという女の子の顔が・・崩れていた。
いや、崩れていると言うよりも、溶けていると言った方が正しい。
それはヒトミという子も同じだ。
二人とも、顔が不自然に歪み、顔本来の部位である目や鼻、口が、その形を成していない。更に、頬の肉がドロリと削げ落ちたかと思うと、
次に目が飛び出てきた。それはもはや眼球ではなかった。
二人は、僕の驚きの表情を見るや否や、自分たちの異変に気づいたのだろう。顔を両手で覆った。
だがもう遅い。顔を塞いだ指の隙間から、溶け出した肉の塊がぽたぽたと流れ落ちた。
二人は顔をイヤイヤするように振った。
その動作は、顔を見られたくないのか、或いは、自分たちの体が溶けていくことを認識したことの悲しみなのか、
表情は既に分からなくなったが、僕には二人が泣いているように見えた。
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