第5話 二人の少女②

「おじさん、何か用?」

 背の高い方が強く荒っぽい口調で言った。

 彼女は予想通り、子供の頃の不良娘に似ていた。もちろん顔ではない。赤の他人だし、年齢も違う。ある種の不良が放つ独特な雰囲気が似ていたのだ。

 それに、僕はまだ30歳半ばだ。若作りをしているせいもあって、20代に見えるであろうと自負している。僕をおじさんと呼ぶのは少し違和感がある。

 けれど、小学生くらいの子供であれば「おじさん」と呼ぶのは分かる。


 不良娘が声を出すのと同時に大人しそうな方の子が、「サキちゃん、絡むのはやめてよ」と制した。

 大人しそうな子の顔を見て更に記憶が蘇った。

 井村さん?

 一瞬そう思ったが、頭を振った。そんなはずはない。年齢が違い過ぎる。

 井村さんは、不良娘が僕をからかっている際、止めに入っていた女の子だ。大人しい子だったが、不良娘が僕に対して何かを仕掛けている時だけは、前に出てきた。

 まさか・・

 僕は更に記憶の海の中に手を伸ばすように、あることを思い出した。

 そう言えば、僕をからかっていた子は、

「サキ」という名前だった。

 これは偶然なのか。


 僕はその場に立ち尽くしていた。声をかけた側として何か言わなければならない。 だが声が出ない。更に体も動かない。

 僕が子供の頃を思い出したのとは正反対に、彼女たちは別の事を思い出したようだった。

「あれえ?」

 サキという女の子が月に照らされた僕の顔を食い入るように見て、

「ミムラくん?」と言った。

 敬語も何もない。僕は彼女よりも二十歳は年上だ。だがサキという子は、前に進み出て、

「あんた、ミムラくんだよねえ」と問い詰めるように言った。もちろん僕はミムラという名前ではない。

 さっきと同じように大人しそうな方の子が不良娘を制するのかと思ったが、違った。

 同じように「ミムラくん?」と、目を丸くして言った。


「申し訳ないが、人違いだ」ようやく声が出た。

 この言葉を最後に、彼女たちから離れようと思った。あまり他人と関わるのは好きではないし、夜に女子高生と話している所を誰かに見られたら、いらぬ誤解を招く恐れがある。

 だが少女たちは僕を帰してはくれなかった。

 次の言葉で更に僕は動けなくなった。


「ミムラくん、あの時・・どうして逃げたの?」

 サキという少女が僕を責めるように言った。

「えっ・・」

 帰ろうと思っていた足が再び止まった。

 逃げた?

 何のことか全く不明だ。

「何かの勘違いだ」と僕は返した。

 だがサキは更に、「逃げたでしょ!」と叫ぶように言った。

 何から逃げたのか、全く分からない。

「ミムラくんが早く誰かに助けを・・」

 サキが言いかけると、大人しそうな方の少女が、

「でも、ミムラくんは、怖かったのよね」となだめるように言った。

 彼女も僕をミムラという男だと勘違いしているようだが、不良娘のように僕を責めるような感じではない。

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