第3話 大きな池②

 風がなく静かだと思っていたが、耳を澄ますと、水の音が聞こえる。

 海ではないが、ザブン、ザブンと打ち寄せる波のような音を繰り返している。

 まるで洞窟の中に入り込んだ水がザブザブと音を立てているようだ。

 更に神経を研ぎ澄ますと、水の音にに混ざって、ザザッ、ザザッ、ザザザッ・・という何かが這っているような音も聞こえる。

 その水音が次第に近づいてくるように思えるのは気のせいだろうか?

 

 いずれせによ、祖父の言葉を思い出したせいで、余計なことを考えてしまった。

 そう思いながら、改めて月明かりが照らす池を眺めた。

 特に特徴もない池だが、大きさに伴って深さもあるそうだ。

 昔、何人かの子供が誤って池に落ち、溺れて亡くなるという事故があったらしい。それほど深い池だ。

 そんな事故を耳にすると、祖父の「池の傍を通る時は気をつけなければならない」と言った意味が理解できる気がする。

 祖父が注意喚起したのは子供の僕に対してだ。僕が池の近くで遊んで危ない目に遭うのを恐れてそう言ったのだろう。

 けれど、そこで疑問が浮かぶ。

 祖父が言った「満月の夜」というのはどういうことだろう?

 家の近くで遊ぶのが危ないのなら、夜だけではなく昼間も同じだ。夜だと危険なようだが、昼間もそれなりに危ない。

 しかも満月の夜だと祖父は確かに言っていた。満月の夜は数えるほど少ない。

 孫に池の近くで遊ぶのを注意喚起するのであれば、「池の近くで遊ぶな!」と言えばいいだけのことだ。

 しかも、祖父は僕の実家の近くに池がないのを知っている。知っていて言っていた。

 

 そう考えると、祖父の言葉が、満月の今夜、それも今の場所に僕が通ることを想定していたかのように思える。

 だがそれは考え過ぎだ。祖父はそこまでのことは考えてはいないだろう。

 言葉には見えない力がある。

 長く生きてきて、僕はその事を充分に知っている。

 誰かがぽろっと言った言葉は、本人はそう意識していなくても、言われた方は死ぬまで憶えていたりする。

 祖父は何気なく言ったに過ぎないし、僕がいつまでもその言葉を憶えていただけのことだろう。

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