第2話 大きな池①

◆大きな池


 今夜は満月だ。

 テレビでは、今宵は綺麗な満月が見れると放送していたが、正直、どうでもいいニュースに思えた。仕事上、景気とかにしか関心がない。

 会社からの帰り道、そんなことを考えながら歩いていた。少し肌寒い季節になったので、少し早く歩いていた。

 歩きながら祖父の言葉を思い出していた。

 実家の近くには池はなかったが、今住んでいる家の近くには池がある。

 それも只の池ではない。20ヘクタールもある大きな池だ。

 池は、駅から家までの丁度真ん中に位置する。池の南側には歩道があり、僕はいつもそこを歩くことにしている。徒歩約五分くらいの距離だ。

 その間、通行人はいないが、その代わりに、夏は植え込みの草木のせいでヤブ蚊が多く、避けるのにうんざりする道だ。だがその季節も過ぎ去り、歩き易くなった。

 歩き易いが、街灯も少ないので辺りは暗い。自転車であれば石に躓いたりするかもしれない。


 夜空を見上げると、報道の通り、綺麗な満月だ。完璧と言ってもいいくらいだ。

 丁度、池の真上に満月が浮かんでいて、絵画にもなりそうな風景だ。

 普段は気にも留めない月だが、こうして見るとはやり美しい。

 ただ丸いだけなのに、こうも気持ちが惹かれるものなのだろうか。

 月の引力で、海の水面が引き上げられたり戻されたりするというが、仮に月が存在しなければ、海や湖の水面は全く動かないのだろうか。

 

 更に考えると、月が引き上げたりするのは、水だけなのだろうか、と思ったりした。

 ひょっとすると、人が気づいていないだけで、月は水だけではなく他の物も引き上げたり、戻したりしているのではないのだろうか。

 それが人間にとって有難いものであれば、別にかまわないのだが、人間にとって不利益を生じさせるものであれば歓迎はしない。

 そして、満月の夜は、特にその力・・水を引き上げる力が強いらしい。

 

 随分とくだらないことを考えてしまったが、こんなことを考えるのも月が綺麗だからだろう。早く家に帰ろう。少し歩を早めた。

 歩きながら、まさしく今の状況は亡き祖父が言っていた「満月の夜、池の傍を通る時は気をつけた方がいい」の状況そのものだ、と思っていた。

 空には満月が煌々と照っているし、池の傍にいる。

 だが、気をつけるも何も、この寂れた歩道を歩いているのは僕だけだし、池も風がないので静かなものだ。遠くで電車が行き過ぎる音が聞こえるだけだ。歩道のずっと先まで人影はない。それにこれまで何度もこんな状況を繰り返してきた。何か起こった試しはない。

 家と会社の往復を続け、その途中にこの池があるだけのことだ。

 

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満月の夜(短編) 小原ききょう @oharakikyo

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