満月の夜に浮かび上がりし者(短編)

小原ききょう

第1話 祖父の言葉

「満月の夜」


◆祖父の言葉


 満月の夜、池の傍を通る時は気をつけないといけない。

 

 子供の頃、僕にそう言ったのは、母方の祖父だった。

 そう言われても、その頃、僕が住んでいた実家の近くには池はなかったし、夜遅く歩くこともなかったから、祖父の言葉を気に留めることもなかった。


 けれど、祖父にこんなことを訊いた覚えがある。

「池の中から何か出てくるん?」

 僕がそう言った時、祖父は少し笑って何か言っていた気がするが、その答えを僕は憶えていない。 

 いずれにせよ、遠い昔のことだ。

 今では、月を見ることもなくなった。

 これも年齢のせいだろう。

 月どころか、植物や動物、挙句の果てには人間にも興味が無くなっていくのが分かる。

 更には、何かに感動することもなくなった。

 同じ年齢の友人にその事を話すと「俺もだ」と言っていた。


 物事に関心や感動が無くなるだけでなく、大事な思い出も無くなっていく気がする。少しづつ歯が欠けていくように、遠い世界へと消えていく。

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