6-6

 セルシングルフは打撃に秀でた選手である。勝利のほとんどが打撃によるKO勝利であり、足腰が強く相手に寝かされることも少ない。ジムとしてみればなんとか寝技に持ち込みたいところだが、それは相当難しいと思っていた。

 今日はスラン会長は会場にいない。クレメンスの方についていったのだ。それは当然の判断だった。ただ、ジムは単純に少し寂しかった。

 自分の力が試される。スランもレリンも、クレメンスもいない。契約を破棄してたどり着いた、メジャー団体The Bestのリング。多くの人々が観戦する中で、戦う。

 試合開始のゴングは、とても小さく響いているようにジムは感じた。ふわっとした感覚の中、セルシングルフの姿が迫ってきていた。気が付くと試合が始まっていた。

 ジムの足が、前後にしか動かなくなっていた。相手の攻撃を、ひたすらガードだけで受ける。

「何してるんだ! 足を使え!」

 セコンドについている先輩の声が、ただの風の音のようにジムの耳に入ってくる。彼だってまずいことはわかっている。だが、体が動かなかった。

 チャンスとばかりに攻勢に出る相手に、苦し紛れのカウンターを放った。当たりはしなかったが、相手の頬すれすれをパンチはまっすぐに切り裂いた。

 セルシングルフの出足が少し止まった。ジムは体勢を立て直すべく、前に踏み込む。そのときだった。感じたことのない、衝撃。

 打ち下ろすような攻撃が、ジムの右側頭部を襲った。光が回る。その後、視界には青いマットが広がっていた。

 観客、そして視聴者は見ていた。大柄とは言えないセルシングルフの左足がぐんと天井に伸びて、乱暴にハンコを押すようにかかとがジムの頭部へと振り下ろされた。



「前人未到のハイキックだな」

 ネット中継を見ていたスラン会長は、煙を吐き出すようにそうつぶやいた。

 セルシングルフにキックがあるのはわかっており、事前にそれを想定した練習はしていた。だが、これほどまでに見事なハイキックは予想していなかったし、していても対応できるというわけではないだろう。

 必死に立ち上がろうとするジムだったが、体を起こすことができなかった。レフェリーが、試合を止めた。

 観客の歓声がすさまじい。多くの者がわかっていた。セルシングルフが素晴らしすぎた。

 1ラウンド28秒。ジムのKO負けだった。

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