6-5

「クレメンス、まさかの速攻です! 1ラウンド17秒、見事なフックで試合を決めてしまいました!」

 パソコンから声が響く。

 ホテルの一室で、ジムは配信中継を観ていた。怪我から復帰したクレメンスは、チャンピオンシップを戦うことになった。相手はライトヘビーの元チャンピオンで、かなり技の多彩な選手だった。クレメンスが相手にどれだけ対応できるかが注目される一戦となっていたのだった、が。

 試合はすぐに決まった。積極的に前に出て行ったクレメンスは、次々にパンチを繰り出した。これまで見たことのない動きに、相手は明らかに面食らっていた。

 明らかにうまくなっていた。クレメンスのボクシング技術が上がっていた。

 ガードの上からも、こじ開けるようにパンチを放っていくクレメンス。ついにクリーンヒットした一発で相手は倒れ、起き上がってくることはなかった。

 圧倒的だった。大きな体と怪力を生かして強引に押し切った、ようにも見える。実際には、しっかりと作戦も練られている。多彩な技を封じるため、仕掛けられる前に仕留める。言うのは簡単だが、するとなるとあまりにも難しい。相手もそんなことは予想できるのだ。そんな中クレメンスは、やるべきことをやり切った。

「格闘技の動きになってたな」

 クレメンスは表情を変えず戦ったが、いつもよりもやわらかいようにジムには見えていた。冷静に試合を見つめ、勝利を目指す。当たり前のことなのだが、クレメンスにはそれができていなかった。これまではつねに「殺し合い」を意識していたのだ。

 成長している。遠い異国の地で、クレメンスは立派にチャンピオンとしてやっている。

 10時間後は、ジムの試合である。



 吐いた。

 計量後の急激なリカバリーのせいや、体調不良が原因というわけではなかった。緊張だった。

 ジムは椅子に座ってうなだれていた。試合が近づくにつれて、様々な思いが頭を埋めていく。

 クレメンスは、自ら世界を切り開いている。チャンピオンになった試合は微妙だったが、今日は完ぺきだった。偉大な、歴史に残るチャンピオンになるかもしれない。

 そんなクレメンスのおまけでジムも知名度が上がった。格闘技どころか、世間のことを全く知らなかったクレメンスを導いた先輩。普段から行動を共にする、絆で結ばれた友人。

 なんと言われてもいい。ただジムは、一人では話題になれないことを思い知った。

 どうしてもレリンのことを思い出す。彼女が存在しないキャラを求められていたように、ジムはクレメンスの兄貴分というキャラを求められている。

 あの、力を見せつけたたった10時間後。格闘技ファンは、だいたいが知っている。試合を見ていた者も多いだろう。

 彼のジムの、先輩。同じ、無敗。

 どれほどのものか。注目。注目。注目。

 注目は怖い。ジムは、逃げ出したかった。

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