4-2

 バザルアジムに、門下生たちが集まっていた。皆モニターを注視している。

「235ポンド、スプーキイ・クレメンス!」

 コールされたのは、謎の大男だった。これがプロデビュー戦で、詳しい経歴はわからない。どんな競技をしてきたのか、どんな人生を歩んできたのか。

 彼のことがわからないのは、ジムも同様だった。同居するようになってから随分と経つが、クレメンスは過去の話をほとんどしなかった。

 対するタキノホウは柔道に空手を経験した後大相撲の世界に入り、西前頭5枚目まで上がっている。トラブルを起こして大相撲を引退した後は総合格闘家に転身して、良い成績を収めている。彼は「経歴の明確な選手」である。

 体格も、タキノホウの方が大きい。リーチも少し長かった。大方の予想では、タキノホウが有利だった。

 ゴングが鳴るまでの間、クレメンスはずっと表情を変えなかった。リングの床を、じっと見つめていた。

 大きな男が二人リングの上にいる。中継はことさら二人が大きく見えるような画角を選んでいた。

 ゴングが鳴る。クレメンスとタキノホウは、リング中央に向かった。




「俺がちょっとやってやろうか」

 今から三年ほど前。バザルアジムに入って1か月ほどたったある日、スラン会長がそう言ってジムをリングに招き入れた。スランは50歳を超え、ジムよりも二回り小さい。ジムはそれほど緊張せずに、スランの前に立った。

「どうすればいいですか」

「タックルしてこい」

 ジムは勢いよくスランにぶつかっていった。小さな体のスランは、微動だにしなかった。

「体力はあるみたいだが、こんなもんだよなあ」

 ジムは必至に力を込めた。中年男性を倒そうと頑張ったが、どうにもならなかった。

「今度は俺が行くぞ」

 そう言うとスランはジムの体を起こして、腕を払った。目を丸くしているジムに、スランがタックルする。ジムはがっしりと体をつかんで受け止めようとしたが、気が付くと体が浮いていた。

「えっ」

 そして、世界がくるっと回ったかと思うと、体がリングに密着していた。スランの体が上から覆いかぶさり、全く身動きが取れなかった。

「いいか、覚えろよ」

 そう言うとスランは立ち上がった。この体験は、ずっとジムの記憶に残り続けている。

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