1-4

 明るすぎる、とジムは思った。

 リングの上、証明は強い光を降り注がせている。当然だ。会場にいる誰もが、リング上を注視するのだから。

 客席はあまり埋まっていなかった。セコンドに付くスラン会長は、そのことを気にしていた。団体が潰れれば、選手の活躍する場が減る。そうなると寂しいし、収入にもかかわる。

 ジムはというとホッとしていた。空席の青い色は、あまり注目されていない、と実感させる。

 だが、相手を見たとたんに萎縮してしまう。計量した時には僅か100グラムしか違わなかったのに、今は自分よりもかなり大きく感じる。目つきは鋭く、ジムはすでに拳を伸ばされているような錯覚に陥っていた。

「おちつけ。隙はある」

 スランの声は、ぼんやりとジムの頭の中に響いた。カーン、という高い金属音が混じる。

「あ、始まった」

 ジムは慌ててリングの真ん中に向かった。相手が壁のように迫ってきた。相手の右のストレートがぐんと伸びてくる。ガードした両腕をえぐるような攻撃が、ジムの全身を震わせた。

 相手だけが見える。サラセラ・レイノルド。パンチとローキックが強く、手数も多い。これまでの勝利は全てKOだ。

 予習した情報が、ジムの頭の中を駆け巡った。対策も練ってきたのだ。予想外の動きはされていない。

 パンチを恐れず、懐に飛び込む。距離をつぶして、コーナーに押し込んで抱き着いた。レイノルドはコツコツと腰へパンチを当ててくるが、効かない。

 膠着状態が続く。

「ブレイク!」

 レフェリーから声がかかり、二人は距離をとった。

 行ける気がする。ジムは思った。ただ、極められる気がしない。

 タックルに行き、相手を倒してしまうのがいいのはわかっている。けれども、そこでカウンターを合わせられるのが怖いのだ。かがめた頭に膝蹴りがくる想像をしてしまう。

 ジムは自らもパンチを放ちながら、再び距離を詰めていく。コーナーに押しこむ。抱き着く。ブレイク。

 時間が過ぎていく。1ラウンドは10分。まだ8分以上残っている。それでもジムは、「ずっとこれで行けるか」と考えていた。1ラウンドは互角でやり過ごして、2ラウンド目に「なんとかする」

「おい、ジム、守りに入るな!」

 スランが大きな声で言った。だがジムは、「会長が何か言ってるかな?」と感じていた。

 レイノルドが、動きを止めた。ジムの様子をうかがう。

 ジムは少しほっとしたが、スランは頭を抱えた。ジムが自分から手を出して行かないのが見切られているのだ。

 ジムが打撃に備えているところに、レイノルドがタックルをした。完全に不意を突かれたジムは、バランスを崩して倒れ込む。上になったレイノルドは拳を振り下ろそうとするが、ジムは何とかその手をつかんで攻撃を阻止した。

 再び、膠着状態が訪れる。ただ、ジムが圧倒的に不利だった。下からに関節を意識していないわけではなかったが、レイノルドは隙をみせなかった。

「ブレイク!」

 レイノルドが攻め、ジムが守る。ただ、レイノルドは決められない。その繰り返しで、時間が過ぎていった。



「おい、これじゃ勝てんぞ」

 1ラウンドが終わり、インターバルでジムはコーナーに戻ってきた。スランは怒っているというよりは困惑している。練習の成果が、全く生かされていないように感じていたのだ。

「すみません」

「謝ったってしょうがねえ。幸いなんにも食らっちゃいないからな。ただ、ジャッジは負けてるぞ。攻めていかないと」

「……はい」

 ジムはしょんぼりしていた。勝ちたくて、一流になりたくて格闘技の世界に入ってきた。それなのに客観的に見てどう考えても今の自分は一流じゃない。弱いとかそういうレベルではなくて、「勝つにおいがしない」

 なんとか最後まで乗り切れれば、と考えてしまう。きっと観客の視線も厳しい。冷めた目で見ているに違いない。

 そんなジムがちらりと見た客席には、ひときわ大きな男がいた。たまたま見つけた、というわけではない。クレメンスは目立って当然の、屈強な大男だった。

 じっと見ている。リング上を、ではない。はっきりとジムを見ている。

 怖かった。見られているのが。注目されているのが。査定されているのが。

 ジムは、「ちゃんとやらないとな」と思った。

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