1-3
「クレメンス、格闘技の試合を見たことはあるか?」
スランは、隣にいる大男に尋ねた。二人はロードワークの最中だった。
「ないです」
「テレビでは?」
「テレビがなかったです」
「そうか。明日は客席から見てみろ」
クレメンスは、深く頷いた。
「分かりました」
「ジムはな、ここにたどり着くまで苦労したよ。殺気っていうのがないんだよ」
「殺気?」
「お前はあるよなあ」
「……必要でした」
その後は無言のまま、二人は走り続けた。
大会が始まった。
ジムのデビュー戦は第3試合だった。注目度が低いとはいえ、ライブ配信があるため観る者はそこそこいる。後半は有料中継になるので、無料の前半しか観ないというファンも多い。
「落ち着け、ジム。どうせ実力の全部なんて出せねえんだ。やってきたことを信じてぶつかってけばいい」
スラン会長が、ジムの肩をもんだ。
「……いつ始まるんでしょう」
「前の試合次第だ。今からそんなことじゃ、メインイベントすることになったら耐えられないぞ」
「メイン……」
目の前の試合にすら現実感がない中、「メインイベント」という果てしなく遠い場所の言葉にジムは目がくらんだ。
「ああ、すまんかったよ。とりあえず目の前の試合だ」
前の試合の進行具合で、第3試合の始まる時間は変わってくる。いつ呼ばれるかわからない中で、ジムの緊張は極限に達していた。鼓動が、血管を流れていくような感覚だった。
「ローキックで攻めてきたら……」
「ガードしろ」
「ミドルキックを……」
「ガードしろ」
「その後アッパーで……」
「ガードしろ」
「ええと……」
「倒しに行け。お前が相手を抱っこして判定勝ちしたって誰も面白くねえんだ」
「……」
第1試合が終わった。あっという間のKO決着だ。
「出番、早いかもな」
ジムはそっと左の胸に手を当てた。しっかりと生きていることが分かった。
「抱っこしてでも、判定勝ちしたいです」
「そうか。まあ、お前はそれでいい」
ハイキックの導く日 清水らくは @shimizurakuha
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