檻と称したのも理由がある

 さてさて、我輩の体験談を記す前に、精神病棟がどんな所か記しておこう。と言っても、精神に問題がある人が入院する所、と言いたいわけではない。ここで言いたいのは、建物の造りとかルールを伝えたいのだ。

 残念ながら今の所、我輩が入院したことのある精神病院はこの一ヶ所しかないので、全国一律同じことが言えるかと聞かれれば、分からないとしか言えないのだが、まぁ、1つの事例として見ていただければありがたい。

 さて、我輩が入院したとある病院の3号棟F6(もちろん仮称)、通称『サンロク』(これは本来の通称名と同じルールで略した名称)は、入り口が二重になっている。と言っても、扉が2枚あるのではなく、1つ扉をくぐると3~5mくらいの廊下があり、さらにその奥に扉がある。そしてその扉を通り抜けるとようやく、『サンロク』に入れる。

 そして、サンロクはL路に廊下が延びており、Lの角の外に大広間、内にナースステーションがある。また、廊下を直進すると女性用トイレや多目的トイレがあり、さらに進むと病室や洗濯室などがある。逆に、L路を右手に進むと、診察室があり、さらに進むと病室や男性用トイレ、浴室がある。そして、突き当りに扉があり、その向こうには隔離室と呼ばれる個室があるらしい。らしい、と付けたのは、我輩はその扉より向こうに行ったことがないからだ。ただ、サンロクの地図や実際に行き来している人がいるのだから、まぁ、そういう部屋があるのだろう。

 さて、話をL路の世界に戻そう。L路に面している病室は個室、大部屋の2種類あり、病状だとか個人の希望とかで部屋分けされている。我輩は最初、個室にいたが、大部屋に移り、更にまた個室に移動をした。この事はまた後で詳しく述べよう。

 さてさて、この病室だが、個室、大部屋問わずテレビが無いし、冷蔵庫もない。あるものはベット(当然)と椅子、そして申し訳ない程度に存在する棚。一応、棚には鍵のかかる引き出しが付いているので、貴重品を入れる事はできるが、そもそもの話として精神病院に貴重品は持ってこない方が良い。

 個人的に残念だったのが、個室に有った机が、大部屋には無いことだ。スペース的に机を置くのは難しいことは、部屋を利用した我輩も重々承知なのだが、今も手書きの原稿を膝の上で書いているのでちょっと辛い。あと、棚が小さくなったのも悲しい。

 さて、病室の紹介はこのくらいにしようと思うのだが、ここで1つ、疑問を持つ読者がいるかもしれない。それは『食事』の問題だ。具体的に述べると、机のない部屋でどうやって飯を食うのか。

 最近の病院はハイテクなので、ベットか棚が変形して、机になってくれる、ことはなかった。いや、普通にキャスター付きの机が食事のたびに部屋に来て、その上にご飯が載っている……ってこともなかった。

 ではどこで食事をするのかと言うと、L路の角の外にある大広間である。この大広間には学校や会社の食堂みたいに机と椅子が並んでいる。のだが、机の置き方は不規則で、種類も二種類ある。まぁ、食べる時はそんなの気にせず、食事の時間になると基本的に皆ここに集い、栄養士監修の食事をとる。「基本的」にと書いたのは、病室で食している人もいるからだ。精神病院にはいろんな事情を抱えた人が来る。なので大広間みたいな開放的な所で、しかも騒がしい空間で食事をするのが難しい人もいるのだろう。まぁ、憶測まじりだが、精神病院で他人の言動にいちいち口を出していたらきりがない。自らがそれなりに納得できる理由が思いついたら、後はスルーしよう。

 さてさて、何の話だったか。あぁ、病棟のことか。折角、大広間の話が出たから、大広間のことを書こう。先に述べた通り、大広間には机と椅子があり、食事やレクリエーションなどで使われたりする。他にも、自由時間には患者同士でおしゃべりをしたり、何故かここには置いてあるテレビを見たり、雑誌や新聞を見ることができる。行動に制限が少ない人は、持ち込んだお菓子やジュースを嗜むこともできる(別に、病室で飲み食いしても良いが)。まぁ、病棟着(病院が患者に貸してくれる服)を着ていることを除けば、大広間は正しく食堂や喫茶店のイメージで良いだろう。

 さてさて、ここまで病棟の簡単な説明をしたが、如何だっただろうか。衣食住は全てそろっていて(もちろんお金を払っているが)、仕事も勉強もしなくて良い。集団生活も強いられるが、自由時間もあるので、まぁ、修学旅行や社員旅行みたいなものと考えれば、楽しそうな印象を受けるだろうか。まぁ、実際、それなりに楽しいし、人によっては羨ましく思えてしまうだろう。

 だが、全てが天国のように思えるここ、サンロクも、実はかなりの問題が潜んでいる。この問題に我輩も何度頭を抱えさせられたものか。そのうちの1つに、この体験談の副題を「病棟と言う名の檻」とつけたように、閉じ込められているのである。閉じ込められているという言葉だと人聞きの悪い感じがするので、病院の言葉を借りると「解放制限」がかけられているのである。と言うのも、精神病棟サンロク、閉鎖病棟と言って基本的に鍵がかけられているのである。病棟の出入り口である二重の扉はもちろん、浴室も洗濯室(使用時間外)もである。さらに、ナースステーションは出入口どころか、窓口も内側(つまり看護師たちがいる方)に鍵が付いており、普段は窓と鍵が閉められている。

 つまるところ、我輩をはじめとする患者達は、病室とトイレと大広間くらいしか自由に出入りできないのである。尤も、入院患者なので勝手に院外(家に帰るとか買い物に行くとか)へ行くことはできないのは当たり前だが、我輩達サンロクをはじめとする精神病棟の患者は院内の売店や主治医のいる診察室にすら自由に行けないのである。(一応、病院の名誉の為に言っておくが、これらが自由にできる開放病棟もある。)

 まぁ、診察は、先生がサンロク内の診察室に来てくれるので大きな問題はないが、購買の方は問題がありまくりだ。ちょっとジュースを飲みたい、お菓子が食べたいとなっても買いに行けないし、夕食が足りなくて夜中に小腹が空いても、おにぎりやサンドウィッチ、カップラーメンと言った軽食も買えない。(そもそも、夜中に売店は開いてないが。)あと、我輩は関係ないが、補聴器を使っている人は電池が切れても買い替えができなくて困っているのを見た。しかも、しばらく電池なしで使ってたし。意味ない。

 病棟から出られない弊害は他にもあり、太陽の光を直接浴びることもできなければ、そよ風が吹くのを肌で感じ取ることも出来ない。虫の音も聞けないし、四季折々の花をめでることも出来ず、月が満ちて、また欠ける様も見ることができない。これでは自然の小さな変化も分からないし、作家としての感性も死んでしまう!

 まぁ、後半は私事だし、そもそもとして出不精の人なら、外に出られないことを何とも思わないかもしれない。

 だが、よく考えてほしい。欲しいものが自由に手に入らず、部屋の環境も自身でカスタマイズしたいところだが、それはできない(詳しくは次章)。それどころか、閉鎖されているがために、見舞いも気軽に来てもらうことが難しい。自由に、快適に過ごすことすら一苦労な環境下なのである。そんな所を『檻』と称しても良いのではないだろうか。









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