第13話 【MOVIE3】YouTuberに憧れるのはもうやめる

学校に登校して教室を見渡したが間切こももの姿は無く、結局、間切が学校に現れることはなかった。


俺は放課後のチャイムが鳴ってすぐに「藍那に一緒に帰ろう。」と声をかけ、俺たち二人は校門を出て歩きだした。


「なぁ藍那。昨日あの後、謝罪動画を投稿したんだけど」


「……えっ。もう投稿しちゃったんですか!?」


藍那は両目をチカチカさせて驚いていた。


「善は急げっていうだろ? 一日でも早く間切の日常を取り戻してやりたかったんだ。」


「いくらなんでも気が速いですよ……。で、反響はどうでした!?」


「それが、もう投稿して半日は経ってるってのに未だに再生数0なんだ。」


「再生数0? 普通そんなことありえないと思うんですが。」


「……そう言われてもな。」


「ちょっと、アップした動画見せてもらってもいいですか?」


俺は藍那に自分のスマホを渡して、昨日投稿した謝罪動画を見せた。




…………。


藍那は『……はぁ。』と呟くと、呆れたように目線を下に落とした。


「……こんなダメの集合体みたいな動画初めてみました。」


「えっ、何がダメだったの?」


自分なりには上手く出来た自信あんだけど。


「まず、どうして動画のタイトルがデフォのまんまなんですか? これじゃ検索から誰も見に来れないですよ。」


……タイトル?


ほんとだ、よく見ると動画のタイトルが昨日の撮影日時になっている。


「すまん、タイトルの変え方とかよくわからなかったんだ。」


「それと、チャンネル名が結人舞浜ってどういうことですか!?」


「何か作ったらそうなってた。(たぶん)」


「……結人くんは、一生ネットのおもちゃになりたいんですか?」


「別に、なりたくはないけど、そっちのほうが誠意が伝わるかなって」


「そんな誠意、youtubeでは無意味ですよ? みんなハンドルネームで生きてる世界ですから。わざわざ本名晒すことがプラスになるとは思えないです。」


「あと、なんで声が途切れまくってるんですか?」


藍那が動画を再生すると、ところどころ俺の声がプツプツ聞こえた。


正直、半分ぐらい何言ってるか分からない。


「そう言われても……。正直、俺も分からん」


「たぶん、内蔵マイクで録音してるからですよ」


「はい、これっ ボクのですけど良ければ使ってください。」


藍那に黒くて高級そうな巾着を手渡された。


「なんだよこれ」


「Blue micro yeti USB2.0です! 」


「USBは分かる。ブルーなんたらってなんだ?」




「Blue micro yeti、それはあの人気ブランドblueの開発したマイクで、通常ユーチューバーなど動画投稿をする人は高音質を求めオーディオインターフェイスやサウンドカードを通してからコンデンサーマイクなどを使用することが多いのですが、このBlue micro yeti USB2.0はオーディオインターフェイスやサウンドカード抜きでも高音質な上にノイズ除去まで優秀。しかも端子がUSBですから場所を取らずに利用出来るスグレモノなんです!」




「……よくわからないけど、何かすごいマイクってことは伝わったぞ。」


「はい! すごい子なんです! とりあいずそれ使って動画を撮り直してきてください」


「分かった。撮ってくるよ。」











藍那と別れて自分のアパートに着いた俺は、自分の部屋の扉の前から漂う悪臭に苛まれていた。


(―――――なんだ、この焦げ臭い匂い……。)


そんなことを考えていた時だった。




<バンッ!>


「う、うわぁ~!」


突如、爆発音が聞こえると、ほぼ同時に真衣の悲鳴が聞こえてきた。


「真衣! どうした!」


俺はすぐに鍵を開けて自分の家に入る。


部屋を見渡すと、真衣が隅で怯えていた。


「真衣、何があった」


「にーにを喜ばせようと思っておりょーりしてたらしっぱいしてしまいましたぁ~><」振り返ると床には鍋が倒れ、油が飛び散っていた。


「怪我はないか?」


「だいじょーぶです~。でも、おきにのお洋服が汚れてしまいました……。」


「これ、使え。着替えてクリーニングに出してこい。」


俺は財布から1000円札を取り出して真衣に渡した。


「いいんですか?! にーに最近、バイト無いし生活も苦しいんじゃ……」


真衣は心配そうな瞳を浮かべている。




「真衣、お前は何も心配しなくて大丈夫だ。俺、新しいバイト始めるから。」




そう。俺は新しいバイトを始める。




……すなわち、ユーチューバーを目指すのはもうやめる。




ユーチューバーになれば、今までの辛くて割に合わないバイト貧困生活とは違って、楽で楽しいセレブ生活になるのかもしれない。


だけど、これ以上、間切に迷惑がかかるのはごめんだ。


間切を苦しめてまで目指すもんじゃない。


あいつの涙を見てしまった時、俺は自分にそう誓ったのだった。








真衣をクリーニングに行かせた後、換気の為に窓を開け、油の飛び散った床を吹いた。


部屋が綺麗になったことを確認した俺は撮影の準備を始めた。


藍那に渡されたマイクを巾着から取り出すとツーンと爽快感のある香りが漂ってくる。


また香水だろうか。いつか嗅いだものとは対局のニュアンスを感じさせた。


そのあと、どうしたかって?


べ、べつに、クンカクンカとかしてないんだからねっ!




「真衣が帰って来る前にとっとと、撮るか。」


パソコンの前で土下座してる姿なんて真衣に絶対見られたくない。


そう思った俺はマイクをパソコンに接続して撮影を開始した。




撮影を終了した動画を再生して無事、声が入ってることを確認し、エンコードを済ますと俺は疲れて眠りに落ちた。






時は移ろいで、今は翌日の放課後。


チャイムが鳴ってすぐに藍那に話しかけられた。


「結人くん、行きましょうか。」


「行くってどこに?」




「ボクんちです!」




「着きました。ここです!」


俺の住む南葛西地区から西へ歩いて20分ぐらいだろうか、俺と藍那は200mはあるであろう真っ白なビルの前に立っていた。


「は!? ここが藍那の家?」


「はい。正確にはボクの仕える間切家&間切家の運営する会社の本社ですけど。」


俺は表札に視線を伸ばすと『間ま切きり』『株式会社マーキュリー』と書かれていた


なんだよ、マーキュリーって!


まんまじゃねえか。


「ここに間切のやつもいるのか?」


「ええ、いますよ。会いたいですか?」


「……いや、今はいい。」


俺が今、やつに会って何が出来る。


ビルの中のエレベーターに乗って、中を見渡すとボタンは従来の押すタイプではなく、電卓のような手打ち式だった。


藍那が目にも止まらぬ速さで数字を手打ちするとエレベーターは起動し、俺は動くエレベーターから葛西の町を一望した。


エレベーターが止まり、俺と藍那は『クリエイタールーム』と書かれた部屋の前に辿り着いた。


「そんなキョドらなくてもだいじょぶですよ、どうぞ」


「お、お邪魔します」


あまりの近未来っぷりに驚いていた俺に藍那が声をかけ、クリエイタールームの扉が開いた。


「なっ!?」


パソコン、モニター、パソコン、モニター、パソコン、モニター、パソコン、モニター。


50畳はあるであろう大きな部屋には見渡す限りパソコンとモニターが椅子付きのデスクの上に敷き詰められるかのように置かれていた。


「さっ、始めましょうか。」


「お、おう。」


相変わらず俺はキョドりながらも、藍那に連れられて近くにあった椅子に腰掛けて自分のノートパソコンを開いた。


「ちゃんとマイクで声入りの動画作れましたか?」


「大丈夫だ、問題ない。」


「それじゃ、昨日やり残した手直しをしますか。」


「まず、本名で動画投稿するメリットは無いので別のチャンネルを作りましょう。」


「新しいチャンネル名、何にしますか?」


「うーん。マイハマーとかどうだ?」


「ダs……良いんじゃないですか。」


……ダサって言いかけたよね!?


「褒めてるか貶してるのか、どっちなんだよ」


「さぁ? どっちでしょうね?」


と藍那がクスリと笑う。


いやもう、笑ったらわかるから。


……ダサいんだろうなぁ。




俺は『マイハマー』という新しいチャンネルを作成した。


「出来た。これでようやく動画を投稿出来るな。」


そう思い、『アップロード』に昨日作った動画をDドラッグ&(アンド)Dドロップしようとしたその瞬間。


「待ってください!」


藍那がノートパソコンのタッチパッドに触れていた俺の手を掴んできた。


「ダメです! まだアップしちゃ!」


「な、なにがダメなの?」


藍那の手があったかくて、俺の身体中まであったまってきた。


「あとで話しますが、動画をアップしてからの数時間は再生数が稼ぎやすいチャンスなんです! 今はアップする前にサムネを作りましょう。」


……サムネ? 新種の駄菓子か?


「サムネってなんだ?」


「サムネ、正式名称サムネイル。動画の再生前に表示されている画像のことです。」


「あー、関連動画とかで見かけると思わずクリックしちゃいたくなるアレか。」


「そうです! 関連動画を制すものはyoutubeを制します! クリックしたくなるようなサムネを作りましょう。」


「……つってもさぁ。俺の投稿する動画って土下座だし、そういうの難しくね?」


「たしかにそうですね。でも、従来のサムネのような派手さを抑えればマイナスなイメージを待たれることは無いと思いますよ。」


クリックしたくなる上に派手じゃないサムネか……。


「藍那はどんなのがいいと思う?」


「今回の趣旨は謝罪なので、ベースにする画像は頭を下げている画像でしょうね。それに見る人がクリックしたくなる文字を控えめなフォントで入れればいいかな…。」


……何この状況。


自分の謝罪動画をこうも研究されると、何とも言えないやるせなさに苛まれる。


「分かった。入れる文字はどうする?」


「やはり人に謝るんですから、何故謝罪するかははっきりさせておきたいので……。」




「『間切こももにキスされているのは俺です』とかどうですか?」




「それ絶対マイナスじゃん!?」


「攻撃は最大の防御です! 第一印象は悪くなるかもしれないですが、動画を見た人に結人くんの気持ちが伝われば問題ないですよ。」


「……それ、謝罪のハードル高くなんね?」


「でしょうね。」


「『でしょうね。』じゃねーよ! 間切が余計燃えたらどうすんだ!」


「でも、もも様のファンに見てもらわなければ元も子もない。そうでしょう?」


「……そうだけど。」


「結人くんの気持ち、きっと伝わりますよ。結人くんがもも様を思う気持ちは本物です。」


「……だと良いけど。」


「もし伝わらなかったら……。」




「『誠意見せるためにレインボーブリッジから紐なしバンジーしてみた』って動画アップしてください。」


「それ、死ぬ! 絶対死ぬやつだから!」




「結人くんが死ねば、矛先を無くしたファンの怒りは収まりますよ。」




「……しれっと酷いこと言うなよ。」

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