第2話 【MOVIE0】労働者の理不尽

この日のバイトは忙しく、一時間残業させられて終了した。


「はぁ……。疲れた。」


うぜえバカ女には絡まれるし、残業させられるわでバイト人生一疲れた。


……まだ始めて3ヶ月だけど。


「とっととタイムカード切って帰るか。」


そう思って、売り場を離れようとしたら店長に声をかけられた。




「あっ、今日はタイムカード切らなくていいよ。こっちでやっとくから。」




―――――は!? 


こっちでやっとくってなんだ。怪しすぎる。


「すみません、どういうことですか?」




「君、高校生だよね? 22時以降勤怠つけたら僕、捕まっちゃうでしょ。」




……えっ?


「でも、店長から一時間残ってって言ってきましたよね?」


俺は顔を顰めて店長を見つめた。




「そ、そうだっけ? おじさんもう歳だから忘れちゃった!テヘッ」




……こいつ。汚い大人やな!


「今日の残業代は出ないってことですか?」




「そういうことになるね。まっ、君まだ若いしこのぐらいなんくるないさ!」


……なんくるあるわ! 給料未払いのどこがなんくるねーんだ。


と言ってやりたいけど、ここは我慢。


労働者はいつだって、雇用者より下の立場だ。




「お願いします。妹がいるんです。妹のためにお金が必要なんです。」


俺は店長に懇願した。


「その話なら面接した時に聞いたよ。妹ちゃんのために頑張ってるんでしょ。えらいなぁ! でも、それとこれとは別。うちにも予算ってものがあるんでね。」




店が回らないから残業頼んだけど、払える給料は持ち合わせてないから俺に泣き寝入りしろってことか。




「そこをなんとか、お願いします! 今以上に頑張りますから!」


と、深々と頭を下げて媚頼んだ。


俺はボランティアがしたくて残業したんじゃない。


それに、妹のためにもここだけは絶対に譲れないと思った。




「……そう言われてもねぇ。頑張るのは当たり前だし?」




<パシンッ!>




突如、空気を引き裂くような音が耳に響く。


「頭を上げなさいよ。こんなク・ズ・の下で働く必要なんてない。」


頭を上げるとそこには女の子が立っていた。


―――――間違いない。


さっき、俺のことを散々バカ呼ばわりしてきたあの女の子だった。




「このアマ、何しやがる!」




<ゴンッ>


切れた店長は腕を振るって、女の子をふっ飛ばした。


「俺様に喧嘩売って、タ・ダ・で帰れると思うんじゃねえぞ!」


店長は今にも人を殺しそうな面で女の子の胸ぐらを掴む。


「スーパーだけに。って? それ面白いと思ってるなら重症よ?」


女の子は強がってはいるが、表情は明るくない。


眼球は潤んでいて涙が落ちそうだ。




「んなこと言ってねえだろうが」


切れた店長は腕を振り上げて女の子めがけて殴りかかった。




(はぁ……。こっちも疲れてるんだけど……。)


俺は腕を伸ばし、店長の右手を掴んだ。


「店長、この辺にしときませんか。周りのお客様怯えてます。」


「るっせえよ」




<ドシャン>




一瞬だった。店長の後ろ蹴りが俺の頭に響く。


店の柱に俺は衝突。頭から大量の血を吹き出した。


それでも俺は頭に響く痛みを堪え、女の子の方へ足を伸ばす。




「しぶとい野郎だな、バイトの分際で社員の俺様に歯向かってくんじゃねえよ」


店長は掴んでいる女の子を俺に投げ飛ばしてきた。




「っ!?」


俺は必死に手を伸ばし、なんとか女の子受け止めた。




「お、重い。」


両手に柔らかくて暖かい感触がある。




「どこ触ってんのよ変態!」


女の子は赤面し、頬を真っ赤に染めた。




「俺だって、お前のちっぱいなんざ触りたくて触ったんじゃねえわ!」




「バカ女っていうなバカ! ていうかちっぱいってなんだし!」




「おいコラ、イチャコラこいてんじゃねえよ。」


店長はこわばった表情で俺たちを睨む。




「イ、イチャコラなんかしてないしっ! あんたみたいな底・辺・3・0・路・にはそう見えるわけ?」




(……おい、余計怒らせるようなこと言うなよバカ女!)




「あぁ?」




「……なによ? 文句ある? 図星なの? 図星だったの?」




店長の形相が無表情になり、俺らの方に向かってゆっくりと足音を立てる。


これ以上はヤバイと思った俺は非常呼び出しボタンを押した。




「おいアマ、よく見れば身体してんなあ。おじさん、ちっぱい大好きだぞ。俺様を馬鹿にした分、身体で払って貰おうか。」


店長は女の子を掴みかかり、服を脱がし始めた。




「キャッ!?」




「いい声出せるじゃねえか。俺様を楽しませてくれよなぁ。」




あーあ。店長壊れちゃった。中年おっさんのメンタルってこうも脆いんだな。


……このバカ女がどうなろうが知ったことじゃねーけど、こんなんでバイトが無くなったりしたら俺と真衣の生活はどうなる。住民票なしで出来るバイトは中々ねーんだぞ。




<ドッ>




俺は握りこぶしを作ると、店長の顔をぶん殴ってやった。




「なにしやがるっ!?」


驚いたような表情で俺を睨む店長。




「やめようぜ店長。これ以上は老いた身体に響くだろ。」


店長の注意をこちらに引きつけようと、俺は頭を振り絞って精一杯の煽りを言い放った。


「あ゛?」


店長渾身の右ストレート。避けられるはずもなかった。




<ゴッ>




鈍い音が頭に響く。


身体は宙へ浮き、床と衝突して全身に痛みが走った。


だんだんと意識が遠くなっていくのが自分でも分かる。


同時にピーポーと聞き慣れたサイレン音が耳に入り、まぶたを開くとおまわりさんに差し押さえられる店長が見えた。




「間に合ったみたいだな。」


「間に合ってないわよバカ! ……あんたボロボロじゃない。」


気づけば女の子に手を握られていた。


な・ぜ・だ・か・、・差・し・出・さ・れ・た・そ・の・手・が・と・て・も・暖・か・く・感・じ・た・。・


「どうしたよバカ女。さっきまでの威勢はどこいった?」


「……こんな時までバカいわないでよバカ。これ以上しゃべんなバカ。」


女の子は涙を浮かべて、心配そうに俺を見ている。




「うっせえ、バカって言ったほうがバカなんだぞバk…」




視界が揺らぎ、頭蓋骨を揺らすような耳鳴りが頭の奥に響いた。


俺、死ぬのかな。


死ぬことに恐怖なんざないが、一人この世界に取り残される妹のことだけが心配で仕方ない。


ごめん。真衣。俺ここまでみたいだ。


ずっと一緒にいるって誓ったのに。


……約束、守れなくてごめん。


そんなことを考えているとだんだんと意識が消え失せていく。


意識が消えかける直前、や・わ・ら・か・い・も・の・が唇に触れた気がした。


(なんだろう。この幸せな舌触り……。)











―――――気づけば、俺は病院のベッドに居た。




「あっ、目が覚めた?」




部屋を見渡すとそこには見覚えのある女の子が居た。


どうやら俺は、まだくたばらずに済んだらしい。




「おはよう、バカ女」


「バカっていうなバカ! バカっていうほうがバカなんだかんね!」




女の子は頬に涙を浮かべながら、嬉しそうに答える。


つーか、どこかで聞いた台詞だな。


返す言葉が見つからず、数秒の間が空いた。




「……うして。」


「ん?」


「どうして、そんな身体になるまで立ち上がったのよ。あたしなんか無視しとけばよかったじゃない……。」




よく見ると身体中包帯まみれだ。腕には点滴のポンプが繋がっている。




「どうしたもこうしたもねーよ。大切なものを守るためなら自分の身ぐらい幾らでも差し出せんだよ。」




あのまま事件にもなったらバイト先潰れちゃうと思ったからな。


まー、事件になっちゃったけど。




「あんた、そんなにあたしのこと……。」


女の子の頬は赤らいでいるように見えた。




「お前、何言ってんの?」




「あたしが大切だって言ったじゃん!」




「いや、それは真衣のたm――」




<バタン>




「にーにー!」




扉が開いて妹が入ってくる。


「心配したのですよ~。大丈夫なのですか~。」


妹が心配そうな面で俺を見つめてくる。




「大丈夫だ。でも、バイトが無くなっちまった。明らか事件になりそうだったから止めようとしたんだが……無理だった。今月結構キツイかも……。すまん!」




「そんなのどうでもいいです、にーにーが一番大事です~。」




「真衣、俺もお前が一番大事だ。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






―――――は?


(まさか、こいつが助けてくれたのはあたしの為じゃなくて、自分の生活を守るため…?)


「あたしもう行くから。じゃあね、バカ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「不本意だけど、一応助けてやったのに礼も無しかよ。かわいくない女だな。」






―――――これが俺と間切こももとの出会いだった。


この出会いが俺の人生をめちゃくちゃにしちまうなんて、この時はまだ思いもしなかった。


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