第36話 コンパクトとステッキ

 戸惑っている間に学校は終わった。もっと大変なことになるかと思ったけど、大変な思いをしてアワアワしていると結構周りが助けてくれた。人がいいとはこのことだね。きっとみんな育ちがいいんだろう。

 それと、なんかずっといい匂いがしていた気がする。女の子が近づいてくるたびほのかに香ってくるだけじゃなく、そもそも校内に入った時から何やらずっと甘い香りがしていた。学校の取り組みかと思ったけれど、植えられているお花の匂いではないようだったので多分通っている女の子の匂いなんだと思う。


 いや、この分析変態っぽいな……。


 でも、なんとも言えないフレグランスがしてたんだって。それで集中できなかっただけなんだよ。なんて、誰にともなく弁明するが、もしかしたら手遅れかもしれない。

 明日も普通に接してくれるようなら僕はあからさまに匂いを嗅いだわけではないのだと思う。明日の自分に期待。


 まあ、臭いのことは置いておくけれど、親谷さんこと伊近ちゃんにギョッとされたこと以外はなんとかなったと思う。

 それと結局、無神原のケアというかフォローをしていた。学校も違って先生も違って対処法も違うだろうに、気づくと僕は無神原の悪評が立たないように立ち回っていた。

 まあ、日頃の感謝もあるし、あとなんとも言えない周りの目もあって先生たちのご機嫌取りをするのが日課みたいになっていた。

 僕はそんな太鼓持ちキャラじゃないはずなんだが……。


 染みついた習性というのはなかなか治らないのかもしれない……。

 そんなわけで、探索前に無神原のアトリエにやってきたわけだ。

 昨日は何やら威勢のいいことを息巻いていた気がするので、その調子を折ることで僕の気持ちを晴らしたい。


「おうおう。無神原さんよ。例のブツはちゃんとできてるのかね?」

「おや、丸木じゃないか。ああ、学校帰りか。似合ってるよ、その制服」

「う、うるせぇ! そこには触れてくれるな」

「いやいや。本当に、かわいいって。私の作った探索用装備といい勝負じゃないかい? さすがは名門ってところだね」

「お前にかわいいって言われてもなんもないな」


 いつものように張り付いたニヤニヤ笑いのせいだろうか。

 こいつに見られるのは不服だが、学校帰りであり装備に着替えていないので当然ながら制服姿を見せることになったわけだ。


「というかファッション性で張り合うなよ」


 こいつの作った装備、今やレオタードだからな。


 それと、褒め言葉には企みがありそうなので、昨日の感謝と違い体が構えてしまう。


「お前も学校行く時はこれだからな」

「知っているさ。私は別に服なんてなんだろうと構わないよ」

「防御力はスキルが担保してるからな」

「まあね」


 なんのつもりかわからないニヤニヤ笑いが不気味だ。


「本題は制服のことじゃない。それで、昨日の棍棒の改造は終わったのかよ」

「当然だとも。仕事が終わらないようなポカはやらかさないさ」

「……」


 おいおい。言ってくれるじゃないか。


「なんだい、その顔は」

「普段は締切なんて発明の敵だって言ってるじゃんかよ」

「何も間に合わないように作るとは言ってないだろう」


 ふむ。それはそうだ。

 僕が知る限り、無神原は一応締め切りは守っているようだけれども、なくなれってほざいてた気がするのだが……。これは別に矛盾しないのか。


 泣く泣く論破することを諦めて僕は無神原の発明を待った。

 僕にポイっと渡されたのはズルズルと地面を引きずっていくようなバスケットボール選手の身長ほどもありそうな棍棒ではなく、謎の円形状の箱のようなものだった。両手に収まるサイズでとてもあの棍棒とは思えない。

 開けてみると手鏡のようになっているらしかった。


「コンパクトなコンパクトだ」

「その通り」

「いや、ダジャレじゃねぇか。ふざけんな。これのどこが武器なんだよ」

「それとほれ」


 また雑に放られたものを慌ててキャッチする。

 本当に、自分の発明品を大切にしろって言うクセに、コイツは大切に扱わないんだよな。なんだよそれ。


「って、今度は何これ、木の棒?」

「失礼な。ステッキ、だよ」

「言い方変えても同じだろ? コンパクトと木の棒ってなんだよ」


 反射光で目潰しして、棒の先端で目潰しして戦えってことか? こすいしどうやってモンスター相手にそんな立ち回りするんだよ。魔法生成AIで攻撃して終わりだろう。


「あれか。コンパクト! って言うとコンパクトが変形してゴーレムになって戦ってくれるDX変形コンパクトとDX変形ステッキってことか」

「そんなんじゃないよ。なんだよデラックスって、何がデラックスなのさ」


 自分の顔が真っ赤になるのがわかる。おい。これは子ども向け番組の商品でよくある命名じゃないのか。何もおかしなことなんかない。

 発明家のくせにこのよさがわからないのか。


「ただ、その格好のまま向かって大丈夫だよ」

「は。装備は?」

「今は調整中」

「おい」

「さあさ、行った行った」

「おいおいおい」


 こんな意味わからんものを作ってないでそっちをどうにかしろよ。

 気遣いに思い入っていたのにガラクタ渡しやがって。これじゃ学校の話は後悔だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る