第3話 新しい自分
この世界のテクノロジーが、私のいた世界とほとんど同じで助かった。
コンサートの後、ポケットに入っていたスマートフォンらしきものを見つけて何か手がかりはないかとしばらく格闘した。
幸い、地図アプリらしきものに自宅の住所が登録されていて、タクシーで家まで辿り着くことができた。
着いてからマンションの部屋番号がわからないことに気がついて焦ったが、3階の角部屋の表札にしっかりと「三森」と書かれており、これまたポケットに入っていた鍵でドアを開けることができた。
こういう運はいつも味方をしてくれるな、と思う。
それとも、誰かが仕組んでたりして…?
ドアを開ける時に用心をしていたが、家には自分以外誰も住んでおらず、中は典型的な一人ぐらしの部屋だった。照明のスイッチをオンにすると、まぶしいほどの光が目に入ってくる。
玄関に入ってすぐに置かれていた鏡に写っていたのは、やはり私の知る「私」ではなかった。
改めてちゃんと見てみると、なんというか、若々しい。残業続きで消えなくなってしまった目の下のクマは跡形もなく、手入れをする暇がなくてボサボサだった眉毛はきれいに整えられている。前の顔の面影を探してみるが、似ているのは唇の形くらいだろうか…?
咄嗟に思い立って、胸元を確認する。
…ちょっと大きくなってる。
嬉しい驚きではあるものの、また少し鼓動が早くなってくる。
気持ちを落ち着かせるため、外の空気を吸おうと窓を開ける。ほのかにミントの香りがした。
とにかく、状況を整理しよう。
私はマネージャーと呼ばれていて、あの男性たちの専属になったのだろう。彼らは、前の世界でいう「アイドル」ということで良いのだろうか?そうだ、検索アプリらしきものもきっとあるはず…
…彼らの名前を全く知らないんだった。でもコンサート会場に名前が書いてあった覚えがある。気が動転して、ちゃんと確認していなかった。ええと、なんだっけ…星っぽい名前だった気がする…
スター
サンライト
ジュピター
ムーン
シャイニングスター
…だめだ、どれも違う。どれも検索結果に、本当の星や惑星の画像が出てきてしまう。
いや、待て、私はマネージャーなんだから、家のどこかに彼らの資料があるはず。昨日が初日だったとはいえ、全く情報を持っていないことはないだろう。
家の中を歩いてみる。
引っ越してきたばかりなのだろうか?人が生活するには居心地の良さがない部屋だ。探すところもあまりなさそう…
ベッドは布団カバーと同じ白色の細いスチールで骨組みで作られていて、まるで病室のベッドのようだ。天井に埋め込まれた蛍光灯は、今はもうほどんど見ることのない古い型である。ベッドの反対側の壁に寄せられた小さな一人用の机の上に、小さなぬいぐるみがあった。生活に必要最低限のものしかないこの部屋のなかで、ぬいぐるみの存在だけが異様である。
なすなすやん...?
ぬいぐるみの頭に巻かれた白い鉢巻きに、手書きの文字でそう書かれていた。頭と言っても、茄子の形そのものなのでヘタと言った方が正しいのだろう。帽子のようにフェルト生地で作られたそれをそっと持ち上げてみると、予想した通り、ヘタと実の部分が離れた。残った実の部分には、目と口元を思わせる点と曲線が刺繍されている。なんともすっとぼけた顔だ。
輝く君のそばで~ 僕はこれからも~♪
窓から音楽が聞こえた。誰かが聞いているのだろう。気になって外を覗いてみる。
夜中の12時。周辺は静まりかえり、周りに誰もいない状況でするといったら、確かに私も大声で歌うかも。
窓から下をのぞき込むと、女性が歩道を歩きながら、音楽に合わせて熱唱している。
女性が通り過ぎ、音楽も遠くなってきて、ふと目を上げると、複数の電球に照らされた大きな看板が見えた。見覚えのある男性5人が大きく映っている。
プラネット・ファイブ 新曲リリース!
そうだ、「プラネット・ファイブ」だ。
スマートフォンを掴み、検索窓に彼らのグループ名を入力した。
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