第2話 転移
突然の強い光に、身体がふらついた。
と同時に、爆発的な音が耳に入り、なんとか意識を保つ。
なんだか懐かしい感じだな、なんて感想が思い浮かんだ。視界が徐々にはっきりとしてきて、少し遠くに何人かの男性の背中が見えてくる。彼らにスポットライトが当たっている。あんまりよく見えないけれど、かっこいい背中だと思った。
私が立っているのは、大きな舞台の袖だった。舞台上ではTシャツを着た男性たちが客席に向かって手を振っている。観客の声援は止まず、彼らが動くたびに大きくなっているようだった。それに構わず、男性たちは私の方に向かってくる。足取りは重そうだ。
もわっと、生ぬるい良い香りがした。
「初日お疲れ、三森さん。来週からもよろしくね!」
先ほどまで舞台に立っていた男性の一人に、黄色のマイクを渡される。汗で滑りそうになるが、ギリギリ持ち直す。次から次へとマイクが渡され、気が付くと5本のマイクを両手に抱えていた。マイクは全部色と形が違って奇妙だったけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
私は今、何をしているんだ…?
マイクを渡した本人たちは、その場を去っていった。
急な展開に無意識に後ずさりする。歓声が静まっていくのと反対に、鼓動がどんどん大きくなっていくのを感じる。
抱えていたマイクを近くの簡易テーブルの上に置き、舞台と反対の方向に歩き出す。トイレはどこだろう…一旦一人になって落ち着かないと…
トイレに駆け込むと、個室に入る前に、洗面所の大きな鏡に映った自分に気が付く。いや、自分じゃない…誰?
鼓動は最骨頂に達した。鏡の中の女性は、まるで私自身かのように、コンマ1秒も遅れずに身振りを真似てくる。
右手を上げる。…同じだ。
しゃがんでみる。…同じだ。
眉に力を入れて顎を前に出してみる。…なんかちょっと可愛いぞ…?
否定しようのない状況に、頭よりも鼓動が落ち着かなくなっている。とりあえず落ち着かなければ。ゆっくりと深呼吸をして、そーたんを思い出す。
そうだ、緑色の髪…。髪の内側をかき上げてみるが、そこには入れたはずのインナーカラーはなくなっていた。
ど、どどど、どうしよう~~~~!!
妙に芝居っぽい反応をしてしまった…。顔が変わったことよりも、そーたんとのお揃いがなくなってしまったことに動揺している自分のバカっぽさに、だんだんと冷静になってくる。
ふと、首から名札が下がっていることに気が付く。
マネージャー
三森…
さっきの男性が私に向かって言っていた。この三森さんの中に、私が入ってしまったんだ…
コンコン
ノックが聞こえる。
トイレのドアをノックするなんて、珍しい…。
他には誰も居ないようだったので、そっとドアを開けてみた。さっき私に青色のマイクを渡してきた男性が立っていた。なるほど、女子トイレには勝手に入れないから、ノックをしたのか。でもどうして…?
「三森マネージャーさん」
優しい笑顔で新しい名前を呼ばれる。ずっと見続けてしまいそうなほど、魅力的な顔をしている。いや、魅力的なのはきっと、顔と言うよりも表情なんだろう。
「今日はお疲れさま。もうみんな帰るから、呼びに来たんだけど、気分悪いの?」
いつの間にか、長い間トイレにいてしまったようだ。
「あ、いえ…ちょっと考え事をしてしまって…」
「出勤初日がコンサートなんて、ツイてるかツイてないかわかんないね」
大人びた笑い声に、少し心が安らぐ。この感情に、覚えがあった。勇気を出して、彼に言う。
「あの…お疲れさまでした…!」
「明日は俺たちも三森さんも休日だから、ゆっくり休んで。また月曜によろしくね」
柔らかい動きで、ひらひらと手を振って彼は立ち去った。
どうしてか、トイレを出たときには気持ちは前向きになっていた。
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