第34話 メディコン奇譚2(チームSM)

 朝熊から6月29日の議事録なるものが送られてきた。

「認識違いがあれば指摘ください。」と書いてあるが、あの日は、一本化された窓口であるはずの遠藤が参加していないことについて、「今日はその、私、話に来ただけですから」と言っていたはずなのに、いまさら議事録を書いて送ってくるということは、明文化しておきたいことがあるのだろう。


 とはいえ、「今日はD棟とメディアセンター間のギガ化作業で忙しいので、ちょっと待ってください。」と、ラマは返事を保留した。するとすぐに朝熊から、

「D棟 - メディアセンター 間 がギガ化されるとなると、ITTのやろうとしている光ケーブル敷設って意味なくなるのかな? もう(ITTに)発注しちまったから、今更感があるんですが」という返信があった。


 ITTがボトルネックだと指摘しているD棟とメディアセンター の間は現在、100Mの光ケーブルで接続されている。これ以外にもシングルモード(SM)と呼ばれる予備線があり、このケーブルは10万円程度の機器であるメディコンによって 1G化が可能だ。

 にもかかわらず、情報センターがいままでそれをしていなかった理由は、2つある。

 ひとつは、ボトルネックの箇所はそこではなくて、より上流のインターネット出口にあることを管理ソフトで確認していたから。もうひとつは、局所的な増強は、他の棟のインターネット通信速度を落としてしまうというバランスの側面からだ。

 つまり、情報センターの改善計画では、上流のインターネット出口を増強した後、下流を増強していく予定だった。

 一方、ITTの提案はこのD棟とメディアセンター の間の光ケーブルを丸ごと新しい規格のケーブルに引き直すというものだ。新規格の光ケーブルは仕様上10Gまでの通信が可能だが、上記理由で実際には10Gを使用することはできない。全体の環境条件が整うまでは、1Gで利用することになる。

 なので、もし、ITTの主張するボトルネック箇所の指摘が正しいのだとすれば、旧ケーブルの1G化だけでもD棟における通信速度低下は解消されるはずだ。


 そこで、6月8日のリセット会議での「仕切り直し」を受けて、ラマが遠藤にこれの発注を打診したのである。


 朝熊の「今更感があるんですが」という文章に対して、ラマが皮肉たっぷりに返信する。

「こちらも、シングルモード(SM)用のメディコンを20万円で発注しちまったから、使わないわけにはいかないんですよ。まあ、ITT様は、なにがなんでも光ケーブルの引換えが必要とおっしゃるんだから、この程度のことでは、問題は解消しないのでしょうけどね」

これにまた、すぐ朝熊が返してきた。

「これ、これですよ。このすれ違いを解消したいんですよ」


ラマは淡々と返信する。

「すれ違いじゃないですよ。なぜなら、彼らは調査の段階で『なーんだ、シングルモード(SM) 入ってるんじゃん』って言ってたんですから。彼らはね、現状でも1G化までは可能なのを知っていて、光ケーブルの引き直しを提案したんですよ」


朝熊が返信する。

「そうですか......でもやっぱりチームに入って言うことは言ったほうがいいと思いますけどね。何度も言ったことも繰り返しになってしまうかもしれませんが」


 そう。ITTはシングルモードの存在を知っていた。つまり、1G化が20万円程度の経費で済むことを知りながら、1500万円の棟間の光ケーブル引き直しを提案した。

 そのことを「そうですか….」の一言で許容する朝熊に、ラマが知る以前の「削減堂の住職」と言われた面影はもうない。

 しつこく繰り返す「チーム入り」の打診には、ラマはこう返信した。


「情報センターとしての方針はバクさんが決めることです。で、そのバクさんは『サーバー更新プロジェクト でそれどころじゃないって』て言ってました。私に関して言えば、老害と言われたくないから辞めるのに、チームに私が入ったら(仕事を引き継ぐ人たちに)『とんでもない退職の置き土産を置いてきやがったー』なんて言われかねないですからイヤです。いっそ、『新システム最高!やっぱ、あいつ老害だったねー』て言われた方がマシですね。」



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