第30話 悲しき、LA-2A
2022年 6月30日
ラマは仕事を休んで、昨日の録音を聞き返している。
昨日、朝熊が情報センターを訪れ、バクを含む3人でラウンドテーブルを囲み交わした会話は、3時間近い音声データになっていた。
思い込みによる聞き違いが誤解を生み、バイアスがかかった思考がそれを強化してしまうことをラマは恐れている。
第三者の意見を聞きたい。同僚の何人かは経緯を知っているとはいえ、3時間を超える録音を「聞いてくれ」と頼めば相手の負担は並大抵ではないし、何よりも「泣きを入れている」「同情を求めている」と受け止められることにラマは耐えられない。そこで彼は、録音データのネタと呼べる部分を切り出し、小分けにして同僚に聞かせることを思いついた。
iPhoneの録音データの音質は、何度も聞き返すには耐えない。
DTMソフトに音源を流し込む。ノイズをカットし、イコライザで低音を切り、中高音を持ち上げる。手に入れたばかりのLA-2Aで音圧を上げると、スマホのレコーダーとは思えない音質に仕上がる。趣味のDTMが、こんな所で役に立つ日が来るとは思わなかった。
要所々々にマーカーを挿入しメモを書き加え、mp3を吐き出していく。不思議なもので、全体を分解し個別に理解したのち、再び総合的に聞き直してみると、あからさまな矛盾や言い淀みなどが発見され、真実の臭いを嗅ぎ取ることができる。
同時に明確になったのは、昨日の訪問の用件と呼べるものは唯ひとつしか無かったこと。つまり「理事会で、組織としてITTの提案を全面的に採用し委託契約することが決定した。ついては、情報センターは彼らに協力する気はあるか?」ということだ。
深夜までの作業を終え、あふれるほどのカティ・サークでロックグラスを満たす。
情報は整理され、訪問の意図も確信できた。が、ラマの頭は、混乱が増している。得られる情報は絶対量が足りず、限られた情報で仮説を積み上げるには、各パーツの信憑性が足りない。加えて何かが考えることを阻んでいるようで、状況に対する認識が思うように安定しない。
変数が多すぎる方程式のなかで、思考だけを頼りにもがき続け、疲弊した。
テレビをつけると映画「ブルース・ブラザース」が流れている。音楽は偉大だ。何度も見たはずのアレサ・フランクリンの「Think」に胸が詰まり涙がこぼれ、マット・マーフィがエプロンを外すと感極まり、気がつけば心が元気と勇気に満たされている。
以前のウツとは異なる心理的ダメージを受けていることに気がついた。それは、友人を一人失ったこと、それを受け入れざるを得ないことだった。脳を覆い思考を妨げる喪失感という霧が晴れていき、ひとつの方針のようなものが見えてきた。
<もう少し、クレイジーになってもいいのかもな>
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