第28話 小田嶋隆の訃報
2022年 6月25日
小田嶋隆が死んだという。
数年前からラマは、彼の文章教室へ通っていた。作文技術を学ぶというよりは、彼のラジオやコラムに飽きたらなくなり、より多くの話を聞いてみたいというファン心理から、月に一度、水道橋まで足を運んでいたに過ぎない。10人程度の受講者は個性にあふれ、課題として発表される彼らの文章とそれに対する小田嶋隆のコメントを聞くことが、楽しみだった。
講座のなかで小田嶋隆は「自分が小説を書かないのは小説というものを畏れ多いものとして敬っているからだ」という意味のことを何度か語った。彼にとって生涯で唯一の小説が発売されると、同じ月に旅立ってしまったのはアッパレ、見事としか言いようがない。
<彼にあやかり、自分も一生に一本くらい、小説というのを書いてみたいもんだ>
ラマが小説を書けないのは畏れからではなく、フィクションが苦手だからだ。彼は自身が最もウソツキだったのは、小学生の頃だと思っている。中学に入り、小さな事件をきっかけに、ウソを憎むようになった。以降、叶わぬながらも正直者になりたいと願い、彼なりに努力もしてきたつもりだ。それはおそらく、フィクションを創作する経験値に乏しいということでもあるはずだ、と彼は考えている。彼はフィクションを「書けない能力」を養ってきたようなものなのだから。
小説がはらむ虚構という成分にリアリティーを与える文章力が彼に足りないこともさることながら、ウソという手法自体が禁忌として彼の心の壺に入れられ、封印されている。土に埋められ、石碑が建てられ、魔除けの札が貼られている。
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