第27話 静寂のオセロゲーム

2022年 6月24日

 『6月24日までにITTに実施するかの返答が必要』というとんでもない資料が送られてきて以後、朝熊からは何の連絡もないまま、23日が過ぎ、24日を迎えた。

 3億もの契約に際しては何らかの学内会議が開催されるはずだし、会議があれば、たったの3日間で返答を迫る改革準備室の脅迫めいたアプローチが問題になるだろう。そうなれば、リセット会議の決議である「仕切り直し」が新たなプロジェクトリーダーである朝熊のもとで再度確認され、そのことを遠藤が関係者全員にメールで通達するはずだ。そして翌日には「切ってやったぜ」とドヤ顔で朝熊が情報センターにやって来るだろう。


 じりじりとした気持ちで2日間が過ぎた。そのまま6月24日の終業時刻を迎え、ラマは心の中で控えめに「よし、時間切れ!」と快哉を叫んでいた。翌朝、遅れて出勤してきたバクに向かって、ラマは期待を込めて声をかけた。

「あの件て、結局、時間切れだよね」

 しかし、バクの返事は予想外のものだった。

「あ、昨晩、朝熊さん、来たんですよ。明日、理事会で発注の方向だって」

「はああ???」

 ラマは愕然とした。昨晩、ラマの帰宅後、朝熊が情報センターを訪れて、バクにそれを告げたというのだ。ラマの表情が凍りつくのを見て、バクは慌てて説明を加えた。

「これからマラソンで帰る所だっていうし、自分もバスがなくなる時間だったので、それしか聞いてないんですけど…」


 昨日、理事会があったことをラマは知らなかったが、それ以上に、このような議題がなんらかの会議を経ずに、学内の最高意思決定機関である理事会に直接持ち込まれ決議を得るなどというプロセスは、想像すらしていなかった。鵜飼理事の顔が浮かぶ。リセット会議で多勢を得た白のオセロは、 全て黒に変わっていた。

 今年度の工事としては3棟に限定されていても、他棟は次年度に繰り越されたに過ぎない。ネットワーク機器は最初に全棟分が納入されるので、4月8日の初期費3億弱の見積りから他棟工事分の5千万円程度が来年度に繰り越されたに過ぎないのだ。しかも、3棟で3千万円程度だったWi-Fi機器設置工事は、来年の他棟分ではやはり、数千万円の追加が必要になるだろう。保守費とサポート費の5千万円も避けられない。

 総額はITTが2月1日に予算確保のために提出した最初の見積り金額だった5億円に限りなく近づいていくようだ。


 わずか2週間の間に、プロジェクトリーダーと副リーダーを朝熊自身と遠藤に差し替え、直後に改革準備室の恫喝提案があり、その3日後に契約締結を決めるというのは、あまりに段取りが良すぎる。

 朝熊が以前話していた相馬と牛尾に対するグチは、彼らをプロジェクトから排除するためのウソだったのだろうか。しかし、それほど簡単にバレるウソをつくとも思えない。

 

 状況を見切る判断力に長けるバクは、とりたてて驚いているように見えなかった。それとは対照的に、朝熊との関係が長く、彼とは親しいつもりだったラマは混乱していた。30年にわたって全教職員にコスト削減を叫び続け、ラマがメールの宛名をいたずらに「削減堂の住職」と書いた男の判断とは思えなかったし、思いたくなかった。

 日が沈み風が吹き始め、窓辺のサンスベリアが揺れている。

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