第26話 なんじゃこりゃ

2022年 6月22日

 朝の日課として窓辺のガジュマルとパキラに水をやり、PCの起動を待つ間、ラマは大きめのマグカップでコーヒーを飲む。

 キーボードの横に資料が置かれていることに気がつき手に取ると、A4で2ページ、「6/21 ITT打合せ@オンライン」とあった。

 起動したPCでメールを開く。


 ラマさま

 バクさま


 昨日、ZOOMでITTとの打合せがあった際の資料です。


 朝熊


 オンライン会議で使われたという資料を一読した。

 内容は例の恫喝提案を大幅に簡素化したもので、費用面の記述が消え、工事計画確認書に記載された情報センターにとってボトルネック解消の要であるインターネット回線強化が消えているが、ほぼ同じ内容といってもよいものだった。

 新たに付け加えたらしい「ITTがネットワーク分岐する案を勧めない理由」という項目には、

・もともとの想定がリプレイスなので、スイッチ設置スペースや電源確保の調査が必要

・現在設置してあるスイッチは保守が切れているので、安定したサービス提供やセキュリティ面で問題あり

・責任の分岐が難しい

・他の大学でフロアスイッチをVLAN化していないところはない

・ネットワークとして複雑化が免れない


 などとある。明らかな調査不足や、具体性に欠ける理由が並んでいる。なぜそれが理由になるのか疑問に感じられる項目すらあった。

 とはいえ、恫喝提案の問題点の指摘は、すでに遠藤や猿渡事務室長だけではなく、その後のリセット会議でも繰り返しているし、愚痴りに来た朝熊もラマから再度同じ話を聞かされている。「勧めない理由」に関しても、こんなものは理由になっていないし、これに対する説明も、全て完了している。


 それよりも驚いたのは、この資料の末尾に「3棟のネットワーク工事を実施するか否かの返答を、6月24日までにITTに伝えることが必要」という記述があったことだった。あろうことか、会議の3日後を期限に、大学としての意思決定を迫っているのだ。

 この部分の言い回しから、資料作成が改革準備室であることが推定できた。しかし、彼らは技術的には素人なはずである。だとすれば、この資料は、改革準備室とITTの合作ということになる。

 それにしても、作成者すら書かれていないような資料で、朝熊事務局長に決断を迫る神経は、ラマにとってはまるで、未知の生物だ。


 バクが出勤してきた。

「これ見た?」

「はい。昨晩、朝熊さんが来て、それを置いて行きました」

 ラマは溜息交じりに言う。

「バクの予言通り、ITTは情報センターと技術的な打合せを二度とする気がないようね」

 バクは鼻で笑った。「完全に劣ってますもん、彼ら」

 ラマは眉をひそめて言う。

「俺もそう思うけど、専門技術の客観的評価って偉い人たちには難しいからね。でも、そこが難しくても二人で二十年以上やってきた経験値もあるわけだしねえ」

「いずれにしても、技術的論点も含めて 先々週(6月8日)の会議をもって全部、リセットされたはずですよね」バクは確認するように言った。

「そうそう、その席で『窓口を(遠藤に)一本化する』と決めた矢先に、いったい何でこうなるのかね、そのリセット会議には朝熊さんも出席していたわけじゃん?彼、黙ってたけど」


 二人は顔を見合わせた。朝熊がどう判断を下すのかはわからないが、リセット会議の内容に危機感を覚えた改革準備室とITTが朝熊に独断的意思決定を迫って来る流れは、容易に理解できる。

「それにしても、『6月24日までにITTに実施するかの返答が必要』ってねえ」

「明後日までっすよ」と、バクが笑う。その笑いには皮肉が込められていた。

「議論は不利と悟った相手が、なりふり構わず期限を切って強引な決断を迫ってきた。ひょっとしたら朝熊さんは、それを逆手にとって政治的圧力を退け、ITTを切るつもりかもよ」。

 ラマの推論は論理的ではあるが、同時に願望が混じっていた。

 壁に飾ったフランク・ザッパがシニカルに、フェラ・クティが愉快そうに笑っている。

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