第25話 遅れてきた平成

2022年 6月13日

 ネットワーク機器の交換に出掛けた五島宮キャンパス図書館の階段で、ラマは3年前までメディアセンター事務室所属だった職員に声をかけられた。

「スゴイことになってますね」

「なんのこと?」

「学校のWEBコンテンツは全部、情報センターだって」

 美術大学のホームページをアートと無縁の二人のIT技術者がデザインしろというのか。

「へー、面白いことを考える人がいるね」と適当にあしらう。

 どんな伝言ゲームで彼の耳に届いたのか、知るすべもないし、知りたくもない。

「あはは、59歳にしてオレもWebデザイナーデビューか、しかも美大の。面白いね」

 過度な反応を見せれば、新たな尾ひれが何枚も付けられ、食堂のネタとして再生産される。昨年まではそのプロセスを楽しんできたラマではあるが、もはやそれに付き合う気になれない。


 前理事長時代、鶴亀美術大学は食堂の噂話が空気を醸成するようなムラ社会そのものだった。生き馬の目を抜くようなIT業界とはあまりにも対照的な、旧弊の目立つ閉鎖的社会をラマは鶴亀ムラと呼び、多くの職員が通常業務を離れハイテンションになる入試期間をムラ祭りと呼んで揶揄していた。

 3年前に理事長が代わり、翌年、文部科学省から鵜飼理事が就任し改革準備室が設立されると「改革」と呼べる政策が矢継ぎ早に実施され始めた。しかし、すでに富士通が成果主義の失敗で注目されてから20年、橋下徹が大阪維新の会を設立して10年、昨年には岸田総理が総裁選で「新自由主義からの脱却」を宣言している。モリカケ問題が世間を賑わせ、国家戦略特区的な手法はとうに馬脚を現している。

 ところが、この鶴亀ムラに何周遅れかでやってきた新自由主義という黒船は、奇妙な形で鶴亀ムラの昭和的家族主義と共存した。人をコストとして扱う一方、できない人はできないという理由で昭和的に免罪されるのだ。その結果、できる人は壊れるまで使い倒されてしまうことになる。状況を察知した職員は出世コースを降りてアソシエイト職に殺到する。

 少なくともラマの目にそのように映る組織の未来は、短期的には野戦病院、中期的には中堅の空白、長期的には腐敗し滅亡に至る道を歩んでいるようにしか見えない。

 「まあ、日本の縮図なのかもな」と、ラマの足は、焼き鳥屋が軒を並べる昭和の街並みへと向かう。


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