終りの始まり
第23話 メディコン奇譚1(但元の塩豆)
2022年 6月 9日
メディコンはメディアコンバータの略称で、光ケーブルからメタルケーブルへの変換器のことを指す。メタルケーブルには最大で100メートルの制限があるため、通常、棟間の数百メートルは光ケーブルで配線され、棟内はメタルケーブルで配線される。現状、100Mの速度で接続されたD棟にはシングルモードと呼ばれる予備の光ケーブルがあり、これを利用すればシングルモード用のメディコンを導入するだけで1G(100Mの10倍)の通信が可能になる。
「萩多寺キャンパス・ネットワーク環境改善プロジェクト220316最終」における、「各建屋間でボトルネックが発生している」という調査報告を残し、ITTによるネットワーク改修工事プロジェクトは「仕切り直し」になってしまった。
デザイン科のあるD棟は学科の特性から学内の通信量の半分以上を締める。配線ルートの都合上、3棟工事が予定されたが、ITTが指摘する棟間のボトルネックが実質的に存在するのはD棟に限定される。
これを受けて、
「1Gだったら今でもできるよ、メディコンの交換だけだから、3億どころか 20万円くらい」と、ラマは遠藤に伝えた。
「え、そうなんですか?」
「うんまあ、やってみないと分からない所もあるし、情報センターとしてはボトルネックはインターネット出口にあるという見解だから、全体のバランスを考えずに局所的に拡幅することには、あまり積極的になれないけどさ」
ITTの傲慢さにうんざりして放置していたが、プロジェクトが仕切り直しとなり、D棟の救済が優先されることになったので、ラマが口頭で打診したところ、翌日に遠藤から、
「さて、メディアコンバータの件ですが、ご指摘の通り、昨日の打合せで、”調査報告書の提出から仕切り直し”ということになりましたので、まずは、既存ネットワークの安定化が優先かと思います。」という返答がきた。
ネットワーク改修工事プロジェクトが「調査から」に仕切り直された以上、今ある問題に対しては、たとえ弥縫策でも、即時的な対応が求められる。
会話と認識が噛み合うというアタリマエのことが、外れた自転車のチェーンが突然、元に戻る小さな奇跡のようにラマは感じられる。
メールの末尾に、
余談ですが、先日教えていただいた但元へいってまいりました。
店先ではなく、店内にハトがいてびっくりしました。
塩豆はやっぱりおいしかったです。
とある。
遠藤がプロジェクトに投入されて間もない4月、ラウンドテーブルで情報センターとしての認識を説明した後、ラマは亀戸の但元煎豆本店で買ってきた塩豆を皿に出した。豆の固さで驚かすためのイタズラのつもりだったが、意外にも遠藤は喜んで塩豆を噛っていた。
大正五年創業以来の塩豆の硬さは格別で、現代社会では「歯が折れた」という訴訟リスクを心配してしまうほどだ。お世辞にも「美味い」という反応が現代っ子から得られるとは思わなかったラマは気を良くして、語り始めた。
「入試業務の慣習とかをムラ祭りって呼んでバカにしてきたわけだから、自分は変化を嫌うタイプの人間ではないと思うんだけどさ、PDCAとか言っちゃって改革のための改革みたいな合理化が混乱を生んだあげく、リスクやコストを増やしただけでしたってのは、近年多発していると思うんだ」
「マイナンバーカードとか」
「そうそう。別に頑なに前例を踏襲しろなんて思わないけどさ、今あるものを変えるには削減コストだけじゃなくて、成立過程ってもんを無視しちゃダメだと思うんだよ。ルーチンだけ見て『ムダ!』って切り捨てたあげくにさ、例外的なことに対して、めちゃくちゃ脆弱になっていて、それが露呈すると『気が付きませんでした』ってこと、ありがちじゃん」
「保健所をがんがん削減したせいで、コロナの死者が東京よりも大阪の方が多かった、とか」
そんな話をしたことをラマは完全に忘れていたし、遠藤がその後亀戸まで塩豆を買いに行くとは、思いもよらなかった。
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