第17話 うつ底をうつ?
眠れない夜を重ね、メモ帳のメッセージを傾聴し、ラマは突然、理解した。
彼は、自分が「自由と意思」の鶴亀美術大学に費やした30年に執着しているのだ、ということを。彼は自分の置かれた状況を、育て上げてきた鷹を取り上げられた鷹匠のようなものと考え、被害者意識を抱いていた。しかしそれは、鷹への愛情ではなくて、自分の費やした時間に対する執着に他ならなかった。
執着とはつまり「もっと評価されてもいいのに」「されるべきなのに」という想いだ。この前提となる「正当な評価」など、この組織に存在しないことなどは、とうの昔に知っていたはずではないか。知っていながら、ご都合主義の被害者意識を抱き、自己憐憫に酔っていたとすれば、それはなんて恥ずかしいことだろうか。こうなればもう、「評価して欲しい」というスケベ心を捨てるだけのことだ。
人の心の海の深さや底に沈む貝が語ることは、人それぞれに異なるだろう。しかし、「心の海底に手が届いた」という実感が、人の心がわからないラマに「ヒデに同情する資格を得た」という確信を与え、布団の中で「たいへんだったんだな、ヒデ」と泣いた。
ラマの祖父は昭和天皇の白馬(ユキ)を育成した。米沢駅を皇居に向けて出発する父の姿をラマの母は誇らしく見送ったという。
<それに比べて、今の自分はみじめなもんだな>
スケベ心を捨てることで、諧謔を弄して自嘲できる程度にラマの心は軽くなった。
<そうだ、この脳みそに起こったことは、どこにでもある、とてもありふれた出来事なんだ>
鳥の声が聞こえ、長い夜が明けはじめた。
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