第14話 ご愁傷さまです、、へっ?
2022年 3月 10日
情報センターに、メディアセンター事務室長の猿渡が姿を現した。その表情には、何か重大な決定が下されたことを告げる緊張感が漂っていた。
「バクさん、ラマさん、お話があります」と猿渡は切り出した。「改革準備室が学内Wi-Fiの不調を問題視し、全面的な入替を主張しているんです」
バクとラマは顔を見合わせる。
事態は最悪の方向に進んでいるのかもしれない。
二人は「技術的なことは分からない」と言われないよう、慎重に言葉を選びながら、そのような必要はない旨の説明を始めた。
「Wi-Fiの不調は前からわかっていた問題ですが、その原因は、NAC任せの管理では、もはや限界があるということです」とバクが口火を切った。
ラマが続けた。「根本的な問題は、15年前の部長会決定にあります。『Wi-Fiは自主管理』という方針の背景には、当時は『Wi-Fiは学生の遊び用』という前提がありました。この考え方を改め、新たに、現状に合う管理方法をきちんと決める必要があるんです」
バクは具体的な提案を述べた。「機器の交換などは不要です。既設のWi-Fi機器の9割以上を納品しているショップの店長によれば、200万円程度で既存の機器を買い替えることなく、一括管理が可能だそうです」
ラマも説明を続ける。「しかも、現状のネットが遅いという問題は、Wi-Fi機器を更新したら問題が解決するわけではないんです」と、カレンダーの裏紙を取り出し、図を描きながら説明した。「例えば、すべての車が高速道路の入口に向かう国道が混んでいるとします。しかし、高速道路自体が渋滞しているなら、国道を広げても意味がありません。我々の状況も同じです」
しかし、ひと通り説明を聞き終えた猿渡は、暗い表情で言った。「そうは言っても、ITTによるネットワーク改修工事プロジェクトはもう止まらないのです」
その言葉には、「誠にお気の毒ではございますが」という憐れみが含まれているようだった。
「先日の部長会で、本件には最大で5億円の予算が承認されたと聞きました」と猿渡は言い、ITTによる見積書を取り出した。
全棟のネットワーク機器交換と工事を含めて、基本初期費用5億円。そのうちの9千万円が無線LAN機器費用だった。店長の提示した200万円とは桁違いの金額だ。
しかし、ここでバクが意外な反論をした。「全部やるなら、それでは、全然足りないです」
猿渡の表情が「ご愁傷様です」から「へ?」と変わった。
バクは、プロジェクトメンバーの広報部の牛尾が1月に挨拶に来たとき、「全学、末端まで10ギガにするのです」と口にしていたのを覚えていたようだ。確かに、そこまでのことを実現しようとすれば、全建屋の棟内にある全ての情報コンセントまでのメタル配線をことごとく引き直す必要があり、そこまでやるなら5億円では足りないだろう。
ラマは、バクの実直な思考に感心しながら、猿渡の表情の変化に小さく苦笑した。
二十日後、猿渡事務室長は年度末の人事異動でメディアセンターを去った。
「俺達が恭順の意を示さなかったからじゃね?『ITT様が構築してくださるネットワークを喜んで管理させていただきます』って」
ラマはバクにギャグを飛ばしたつもりだったが、自分で自分の言葉に対する不安がよぎり、「いくらなんでも、それはないよね」と打ち消して、コーヒーを飲み干したが、嫌な予感は去らなかった。
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