第13話 古き良き時代
21世紀の始まり、世界はビジネスを超えたパラダイム・チェンジに向かっていた。インターネットという、もう一つの世界によって。
その新世界は、オープンソースという理念を核としたユートピアを目指した。
オープンソース(Open Source)とは、ソースコードを無償で公開、再使用、改変、再配布することが可能なソフトウェアのことで、インターネット上のWEBやメールといった多くのサーバーソフトがこの種のライセンスを採用している。
「企業の所有するライセンスからの自由」という理念は、20世紀後半に現れたマイクロソフトの金儲け主義から人類を救済するように見えたし、アップルはオープンソースを採用したOSXで復活を遂げた。何よりも、IT土方と呼ばれた人たちに、技術者の技術が正当に評価される時代の幕開けを予感させていた。
鶴亀美術大学は90年初頭、デザイン制作にアップル社のMacintoshを利用するという、当時としては革新的な教育プログラムで注目された。仕掛け人であった当時の教務主任で後に学長となる獅子堂城雄教授は次なるステージとして、新学科では五島宮キャンパスとの差別化を企図して、Microsoft社の Windowsを教育用PCに採用、導入した。これに倣い、萩多寺キャンパスには1998年に23台のWindowsサーバーが導入され、ラマの管理下に置かれていた。
サーバーは4年ごとに更新される。
2002年のサーバー更新で、情報センターはこれらをWindowsからオープンソースのOSであるLinuxに入れ替え、サーバーソフトもすべてオープンソースで再構築した。協力会社のC社からは、お祝いにフリーソフトウェアの伝道者リチャード・ストールマンのポスターが贈られた。
このとき、オープンソースに秀でたシステムインテグレーター(システム構築・運用業者) であるC社の採用により、1998年から4年間、お世話になったG社は不採用となった。C社の4倍にもなる高額な見積りを提案してきたからだ。
新学科設立に際しては、新たな教育施設のために、一定額の投資が文部科学省から大学に義務付けられる。前回のサーバー導入の際は、まさにこの新学科設立のためだったため、大学側の通常の事務能力では足りず、文部科学省への申請を得意とする高野文書堂に予算管理が委託され、ここに設備投資予算バブルが発生した。そのため、この1998年のサーバ導入時には、かなり潤沢に計上された予算のもと、高野文書堂が推薦するG社の言い値での納入がなされたというのが実態だった。
しかし、1998年の新学科設立から4年間が経過すると、文部科学省による頸木から逃れることができる。2002年の更新時には、高野文書堂は4年前同様にG社との共同提案を出しながら、提案説明会でG社の提案に脈がないと見るや、「本当は独自の提案があるんですよ」と言って、F社を担いで俄作りの提案書を出してきた。G社はきれいに梯子を外されたわけだ。しかし、それでもオープンソースを採用するC社の優位はまったく揺るがなかったことが採用につながったのである。
4年間、お世話になったG社に不採用通知を送った数日後、担当SEから担当営業の告別式の案内メールが、ラマだけに送られてきた。詳細は不明だが、4年前の新学科設置バブルと同じ利益を会社から期待されプレッシャーを受けて病んでしまったのであろうかとも想像すると、ラマの気持ちは重くなった。
サーバー更新プロジェクト終了後、担当営業の不幸などを含む詳細な報告書を、獅子堂城雄学長含む何人かに送ると、数日後、学長本人が情報センターに現れた。
これは珍しいことではなく、奇行で有名でもあったこの人物は教授会や理事会をエスケープするため、しばしば捜索の手が及ばない情報センターに逃げ込んでくる。
「お、これが Catalyst 5500か」
取ってつけたような話題で、獅子堂は報告書を読んだことをラマに伝える。
「すみません、Linux で固めちゃいました。萩多寺キャンパスはWindowsで行きたかったんですよね」
すると彼は、少し間を置いてからニヤリと笑った。
「時代はな、変わるんだよ」と彼がポソリと言うのを聞いて、ラマは胸をなでおろした。
オープンソース化の最大の目的は、ソフトウェアの自由という時代の理念を実現するベンダーロックイン(特定のシステムの採用により将来的に他社への乗り換えが困難になってしまう状態)回避のためだったが、二次的なメリットとしては、経費の削減もあり、「ボールペン1本までも節約しろ」という朝熊経理課長(当時)の方針とも合致するものだった。
なにより、オープンソースは、フリーウェアによるフリーな未来を予感させた。多くの先人たちにより守られてきた建学理念である「自由と意思」にも適っている。ささやかながら世界のムーブメントに乗れたことも、技術者冥利に尽きた。
しかし、そんな21世紀初頭の高揚感は、Googleの拡張主義、Appleによるオープンソースの良いとこ取り、スノーデンの亡命やアサンジの逮捕、柄谷行人のNAMの解散など、さまざまな分野で急速に冷えこみ、さらに20年後のGAFAMと呼ばれる巨大企業の出現でゲームは終了する。
20世紀とは異なるゲームが始まり、終わったことにさえ気付かないまま、日本が凋落の一途をたどる未来を、ラマはこの時まったく予見できなかった。
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