第12話 心の骨
2022年 3月14日
「ヒデが退職した?」
メディアセンター事務室の職員に教えられて、ラマはショックを受けた。
1年前、ふらりと現れた経理部のヒデこと砂川英寿は、「最近、眠れないんすよ・・」と漏らしていた記憶が蘇る。
新卒で入社したヒデは一貫して鶴亀ムラで期待され、出世コースを歩んできた。頭脳明晰であっても妬まれることのない性格で、サッカーが上手い。
何年か前、職場でフットサルが流行った時、中学、高校とサッカー部の補欠であったラマに人生初のゴールを決めさせてくれたのは、触れば入るようなキラーパスを出してくれたヒデだった。その男としてのスペックの高さは、どの女子職員が彼を獲得するのかが食堂の話のネタになるほどだ。
その彼が半年前にウツを発症し、休職したことは聞いていた。
もともと本学の経理部は人が定着しない部署で、部長の朝熊は課員の育成を放棄して他部署へ押し付ける形で異動させては新たに職員を採用することを繰り返していたが、10年ほど前に教務部でホープだったヒデが引き抜かれてからは、彼がポスト・朝熊の路線を順調に歩んでいた。
にもかかわらず、そこに新たに情報システム部を設立する話が持ち上がり、その課長を、現在の仕事に兼務として加えられたことで、心が折れたという。
「眠れない」に続く言葉は、「自分には朝熊さんのマネはとても出来ないっすよ。ITなんて基本シロウトですし、そんなのやるために入職したんじゃないし」だった。
教務システムや入試システムの導入を高い業務能力で支えてきた彼には十分な能力と資格があるようラマには感じられたが、20年も前の入職時の志を持ち出してくるのは少し不思議で、眠れないのは、すでに心の骨が折れかけていたからなのかもしれない。
人の気持ちを理解する能力に乏しいラマには「何もしてやれなかった」という後悔が残り、鈍感な自身への怒りを「あの野郎、ヒデを潰しやがった」と、朝熊へと転嫁した。
しかし、心を病んだのはヒデだけではない。この数年、事務部門は野戦病院のように離職者や休職者が増えている。
同時に出世コースを自主的に降りる「アソシエイト職」への希望者が、各部署1脚の椅子を巡る争いを繰り広げ、その多くは10年以上、このムラで暮らしてきた職員であることが、コロナで食堂の噂話が途絶えたラマの耳にも届いてきていた。
サバイブしている顔ぶれを思い浮かべてみると「服従と無気力」が事務員に求められているようで、「自由と意思」という建学の理念が泣いているようにも感じられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。