第8話 黒船来航

2021年6月

 突然、大学の事務部門が大きく改編された。

 財務課、人事課などが新設されたが、基本的に既設の部署の分割であり、所掌業務も目新しいものはない。技術職のラマにとって事務部のことは遠い国の出来事で、「あらら、鶴亀ムラにも財務省と内閣人事局みたいなのができるのかね」と、同僚のバクとコーヒーを飲みながら笑っている。


2021年10月

 「鶴亀美術大学改革準備室」(以下、改革準備室)なるものが設立された。厳密には学内の部署ではないが、学内の各種業務の効率化を目指すという。学外から就任した二人のキャラクターはその使命とあいまって、「ムー一族」の細川俊之とたこ八郎が演じる地上げ屋のコンビを連想させる。

 ラマが自嘲的に鶴亀ムラと揶揄する大学の事務部門は、前理事長による長年の独裁体制下で維持されてきた家庭内手工業的組織だ。使用者と労働者が同じベクトルで汗をかきながら経済成長していた昭和の時代に始まったシステムは、令和の視点で見直せば不合理な慣習の宝庫、合理化の余地は新大陸のようにあるだろう。

 それにしても、この鶴亀ムラに、国家戦略特区諮問会議のような特命組織が、突然、現れるのは少し奇異に感じる。学内の空気の変化は中核から遠く離れた技術職にも感じることができた。郵政民営化以来の日本の空気が、20年を経てようやく鶴亀ムラにも到達したかのようで、「『アラブの春』みたいに、ならなきゃいいけど」と、ラマは遠くから眺めている。


「改革準備室は理事長が最近連れてきた新理事が設立させたそうですよ」という食堂の噂を確かめるため、遠くの出来事として過去に読み飛ばしていた人事メールを探し、添付のPDFを開いてラマは目を疑った。

 偶然の一致であることを願い、ネットで検索をしてみると間違いなく、あの人物だ。かつて加算学園問題で、椿議員に国会で「局長、部下を見捨てるんですか!」と、激しく追及されていた、あの鵜飼穣高等教育局長が、2021年7月1日に理事として就任していた。


 森本学園問題のときに公文書を改ざんや破棄してまで政府をかばった財務省の理財局長は後に国税庁長官にまで登り詰めている。それが、国会で椿議員に「局長、部下を見捨てるんですか!」と迫られても政府をかばい続けた文部科学省の事務次官候補が、なぜ中規模の単科大学へ降臨してきたのか。

 郊外の美術大学は、出世競争に疲れて余生を過ごすには悪くない大学かもしれない。しかし、「総理のご意向」として文部科学省が苦汁を飲まされたであろう内閣府による国家戦略特区諮問会議と同じような「改革準備室」を就任早々に設立させるとは。


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