第7話 鷹匠は鷹に仕える
2019年 3月
ラマが勤める鶴亀美術大学は、東京23区内の五島宮区と郊外の萩多寺市にキャンパスを持つ学生数4000人の中規模私大だ。大学は三十年に及ぶ前理事長の時代が幕を下ろし、新理事長の時代が始まろうとしていた。
大学という組織は大きく分けて、教員と事務員とで構成されている。学生数4000人といっても、有期雇用を除けば事務員の数は数十人程度の小さなムラ社会。ムラ社会のムラビトは常にゴシップに飢えている。
「長期独裁の老害に終止符を打つため、学長がこれ以上ないくらい立派な経歴の人を連れてきて、引導を渡したらしいよ」
「へー、あの前理事長が縁もゆかりも無い人に、よく自分の椅子を禅譲したね」
「縁やゆかりのある人で彼に『椅子を譲れ』なんて言える人は、一人もいなかったんじゃないの」
職員の間で真偽不明の噂話が食堂を中心に飛び交い、ラマの耳にも聞こえてきてはいたが、教員でも事務員でもない「技術職員」のラマには関係のないことなので、興味を示すこともなかった。
鷹匠は将軍に仕え、天皇に仕え、いま動物保護団体に仕えているが、実は一貫して鷹というプライドの高い動物に仕えているだけなのだという。
ラマは、技術職員という役職もまた専門技術に仕えるものだと考えている。その結果、間接的に教育に関与してはいるが、「自由と意思」という大学の教育理念と一体化した教員や事務員とは立場が異なる。そのため、勤続30年の間に何度か代替わりした学長人事にさえ、ラマは大した関心を示したことがない。
理事長の交代に際しても同様で興味はない。ただ、前理事長の引退を心待ちにしながら、先に定年退職を迎えた管理職たちの無念の顔が自然に浮かんでくる。そのなかの一人が定年退職したとき、彼自身もその衝動が理解できないまま、綱島の塗装屋に特色のスプレー缶をオーダーして、ラマはバイクを大学のシンボルカラーに塗装した。
1年ほどして、
「最初は『腰掛け』を公言して憚らず、一期で辞めると公言していた理事長、なんか居心地がよくなっちゃったみたいよ」
「ははは、『神輿は軽くて…』のつもりで担いできた人たち、慌てているんじゃないの」
という話が聞こえてきたときにも、ラマはやはり「さもありなん」と、他人ごととして笑うだけだった。
上層部の人事にシニカルなラマもまたムラビトの一員でしかない。30年以上続いた泰平の世は、ムラビト達の気付かぬまま、間もなく幕を閉じようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。