第5話 ほんとに一緒に住んでることにするのって、どう?
「あのさ、山下、ちょっと相談が…」
五月の雨の日。少し早い梅雨に気分がどんよりとする午後に、クラスメイトの新庄は俺に話しかけてきた。
「ん、なに?」
「いやまあ、ちょっとここでは話しづらいっていうか…」
俺はなんとなく新庄の言いたいことを察した。
「オッケー、じゃあ廊下出よう」
授業終わりの放課後。雨で部活動をやっているところも少なく、校舎の中はとても静かだった。
俺たちは二人とも、廊下の窓にもたれかかるようにして、周りに誰もいないことを確認すると、新庄が先に口を開いた。
「単刀直入に聞かせてもらうよ」
「うん」
「山下、安藤さんと付き合ってるの?」
大方予想通りである。学校での妙な仲の良さ、時々出る一緒に帰ろう発言。そう思われるのも無理はないだろう。しかし事実はそうではないのだから、俺には否定することしかできなかった。
「俺と椎、まじで付き合ってないよ」
淡々とそう答えると、新庄は興奮した様子で俺の両肩をがっしりと掴み、質問攻めを始めた。
「本当か⁉ならなんで二人はそんなに仲がいいんだ?てか、一緒に帰ってるとか寄りたいところがあるってのはどういうことなんだ⁉恋人じゃないならどういう関係だ⁉」
「お、おう。とりあえず落ち着けよ」
「俺は落ち着いてるよ。それで?そういうことなんだ⁉」
「あ~~~…」
椎からは決して俺たちが同じ家に住んでいるなどと口外しないようにと言われている。それもそうだ。高校生のうら若き男女が二人、同じ家で過ごしているなんて知られようものなら、注目され、からかわれ、噂され、まともな学校生活は送れなくなるであろうことは簡単に想像がつく。
「おい!山下⁉そこまで言っておいて特に何も言わないなんてナシだぞ⁉」
新庄は俺の体を前後ろにブンブン揺らしてくる。
俺はいったいどう切り抜けるべきか…
「おい!山下!早く答えろ!教えてくれるまで返さないからな!」
う~~~~~~~~~む……………
「てことがあったんだよ」
「おつ~~~」
家に帰ってきた。椎にさっきの事件について話すが、これっぽっちも興味がないようである。ソファの上に寝転がって、スマホで動画を見てぐうたらと過ごしている。
「いやでも実際問題どうするんだよ、もうそろそろごまかし効かないって」
「ふっふっふ…」
椎は不敵な笑みを浮かべた、と思うと、スマホを投げだし、ソファから降りて椅子に座った。
「それについては私、もう結構考えてあるの!」
「ほう…」
興味深い。まだ暮らし始めて一か月しかたってはいないが、なんとなく気づいている。椎はなかなかのバカである。勉強こそできるが、残念ながら日常生活でポカをするタイプである。頻繁に。
俺は椎の向かいの椅子に座り、さながら碇ゲンドウのように手指を顔の前で組んで見せた。
「聞かせてもらおう」
「簡単な話だよ。まず問題なのは私たちは付き合ってないのに付き合ってると思われてる、ってとこだよね?」
椎は人差し指を立て、目を閉じ、いかにも頭がよさそうな動きをとって見せる。
「まあ、そうだな」
「それならさ…」
突然、椎は正面から俺を見てきた。
それなら…という言葉にも少し疑問が残る。この流れ、漫画やアニメで見るベタな展開なら、「ほんとに付き合っちゃう?」とかだろ?
しかし、彼女は椎である。ポンコツの。俺の想像には収まらない。
「ほんとに一緒に住んでることにするのって…どう?」
「…は?」
ほんとにも何も、俺たちはマジで一緒に住んでるだろうが。
「厳密に言うとね、ギリギリ同棲じゃないラインだよって公表しちゃうの。親を使って。親を利用して一芝居売ってみないかってこと。」
「具体的には?」
「晃弘のお母さんが私のお父さんと不倫してて…」
「………」
一旦、黙って聞いてみることにした。
「二人で一つのマンションを借りちゃうの」
「うん」
「で、そしたら晃弘のお父さんが不倫に気づいちゃうの」
「うん」
怒った晃弘のお父さんは探偵を雇って証拠を洗い出して、多額の慰謝料を請求して…」
「うん」
「お互いの両親は離婚。晃弘はお母さんに泣きつかれて、ほとんど選択の余地もなくお母さんについて行く。私は慰謝料とかあるし、お母さんについて行ったらお金が厳しくって高校に行けないから、泣く泣くお父さんについて行くの」
「なるほど」
「だから今はお互い元の家は売り払って、マンションだけ残ってる。同じ家に住んではないけど、お隣だし、同じマンションの屋根だし、実質一つ屋根の下、みたいな?」
真剣な表情で話し切った。渾身の策みたいだ。
なるほど面白い提案である。いったいこんなしょうもないことを思いつくのにどれくらいの時間をかけたのだろうか。馬鹿みたいだ。
俺はうんうん、と何度もうなずいた。椎もそんな俺の反応をみて、より一層自信満々といった様子である。俺はそんな椎に無慈悲な言葉をかけた。
「俺、いろいろあって今家に親いないって言っちゃってるから、それは無理だ」
「じゃあ途中で話止めてよ!」
椎は驚いた顔で勢いよくツッコんだ。
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