第9話

レンに案内されたのは母屋では無く離れだった。


玄関を上がると真っ直ぐに廊下を進み右手を見るとダイニングとキッチンがあり、左手には脱衣場やトイレといった水周りの場所が目に止まった。それを横目に奥へと進むと、突き当たりある縁側を左に折れ案内された部屋には、壁一面本棚で埋め尽くされ二階までの吹き抜けになった書庫だった。


書庫には内階段が設置され、二階のテラススペースにはデェスクやソファーが設けられて、ゆったりと読書を楽しめる空間になっている。


 「ここは、大じいちゃんが天族に関する書物を集めた部屋だよ」


 「たくさんあるのね」


ティラは首が痛くなるんじゃないかと思うくらいに上を向き、くるりと見渡すとそう零した。


彼ら地族の者でも、、手の届かない天井までビッシリと本は並んでいる。


よくもまあ、ここまで集められたものだと感心したと共に、こんなにも天族の事を記した書物が地上には溢れているのだと驚かされた。


レンが『着いて来て』と内階段を上り出したので、ティラも後へ続くと、レンは書庫にある唯一の窓を開け、その窓際にあるディスクの引き出しから一冊のファイルを取り出した。


 「これが僕の研究成果だよ」


そう言ってレンはティラにファイルを渡した。


そこには天族の使う魔法陣と、浮島の原理の研究結果が記されていた。


それは、まるで見てきたかのように正確でティラは正直、驚くと言うより恐ろしさの方が強かった。地上にある情報の中だけで、ここまで正確な分析が出来る彼は、かなり切れ者だ。


 「まさか、ここまで調べたとは……」


 「あれ、この凄さが分かるんだ」


 「べっべつに、納得した訳じゃ無いからね」


危ない危ない。理解したら怪しまれる。


ティラは誤魔化すようにそう言ってファイルを閉じると、レンにファイルを突き付けて返した。


 「おやおや、素直じゃないな」


レンは苦笑しながらファイルを受け取ると、テラススペースの中央にあるテーブルへと置いた。


そのテーブルを挟むように椅子が二脚置かれていて、テーブルの上には、積み上げられた本の山が三つほど並んでいる。


ティラはその積み上げられた本の一冊を掴み上げると、天族にはやや大きめの椅子に腰をかけ、床に付かない足を組むと、パラパラとページを捲って目を通した。


そこには、昔天族が暮らしていた遺跡の挿絵が記されていた。


レンがそれを見て、ティラの後ろから覗き込み指を差すとページを止める。


 「ここ、この近くにも天族の遺跡があるんだよ」


へーえと感心したティラの反応で、レンはティラがもう完全に興味を持っているのが分かったのか満足そうに笑っていた。


 「これに記されているのは、ずっと昔のものだけど、この辺りには最近まで使われていた形跡のある場所も見つけたんだ」


 「ええ、それって子供達が秘密基地にしていたとかじゃないの?」


ティラは内心焦っていたが、それを悟られないよう平然な顔で否定した。その遺跡は天族が現在使用している基地の一つかもしれないと思ったからだ。


基地の手掛かりが出来た喜びと、レンにバレてはいけないというスリルがティラの心情を揺らす。


 「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


レンは片目を瞑ってウインクすると、いたずらっ子のように笑った。


 「楽しそうだね」


 「ティラも気になってきたでしょ」


 「べつに」


ティラの素直じゃない返答も、レンからすれば可愛い抵抗にしか見えないのか、可笑しそうに笑って全く言葉通りにとってくれない。


 「そっかそっか。気になるようなら案内してあげても良いんだけどね〜。気になんないか〜そっかそっか」


そう言って先程のファイルを手に取るとパラパラとページを捲り勿体ぶるようにティラを見た。


本当は遺跡に行きたい。今も使われている基地なら父さんと連絡が取れるかもしれないから。


でもレンとは一緒に行けない。もし基地ならバレる訳には行かないから。


レンに直視されると見透かされそうでティラは目線を外したが、覗き込むようにレンはティラの顔に近づいた。


顔近っ!


急な接近にティラは心臓がバクバクとなり、顔も火照ってきて


 「なっ、なによ」


 「顔、赤いよ」


アンタのせいだわ! と思ったがそれは口にせず、ティラはレンから顔を背けると、持っていた本を先程置いてあった山に無造作に置き椅子を降りた。


するとバランスを崩した本の山が雪崩を起こし、テーブルの上から崩れ落ちた。


 「あっ」


 床に散乱した本をティラは慌てて拾い集めようとしゃがみ混むと、1枚の写真が目に飛び込んた。


セピア色した古い写真で、レンくらいの青年と小さな少女が写っていた。


それを拾い上げようとティラが手を伸ばしたが、レンの手が素早く伸びてきて写真は彼の手に収まり、ティラから隠すように同じように拾い上げた本の中に挟むと散乱している他の本も拾い始めた。


 「ここの本は貴重なんだよ」


そう言いながらレンは集めた本をテーブルに積み直しながら写真から気を逸らそうとしているようだ。


それが妙に気になったが、仕舞われた写真を見せてとはさすがに言い出しにくく、『ごめんなさい』とだけ口にした。


写真は確りとは見れなかったが、少女の方は背中に天族と同じ翼が生えていた気がする。


もしかするとあの写真は大じいちゃんと、その彼が出会った天族なんじゃないだろうか。


もし推測が正しいのなら凄いことだ。天族が地族と写真だなんて、存在を肯定する証拠を残してしまうからそんなこと怖くて出来ない。


彼をよほど信頼していたのだろう。


そしてレンはその写真を隠した。


わたしを地族だと思っているのだから見せてはいけないと判断したのなら、意外と彼も信頼出来るのかもしれない。

などとティラは考えを巡らし、少しづつレンに心を許している事に気付く。


だがレンからすればティラはまだ幼い子供で相手にもされてないだろう。


そう考えると悲しくなりティラは俯き黙ってしまった。


するとレンは、キツく怒りすぎたと思ったのか子供を宥めるようにいい子だとティラの頭を優しく撫でて抱き上げた。


 「なっ!?」


 「今の写真、見えたよね」


 「えっ!?」


 「何が写ってたか分かった……」


 「あの……え〜と……いえ」


肯定するのは良くない気がして取り敢えず否定した。


だがレンの顔は若干険しくなる。ティラを抱えたまま窓辺へとレンは歩き出した。開きっぱなしになっている窓の前に立つと、


 「嘘はいけないよ」


 「嘘じゃない……ちゃんとは見てない」


コレは本当だ。


 「違うよ。何時まで子供のフリするの?」


なに、もしかして疑ってるの? わたしが天族だって思ってる?


 「放して!」


彼が何を考えてるのか分からずティラはレンの胸を押して腕から逃れようとするが、レンの腕は確りとティラを抱きビクともしない。あんなに体を鍛えて護身術も習ったのに全く通用しないのだ。


するとレンはゆっくりとティラを自身の体から離し窓の外へと出した。


 「レン?」


 「ここで手を放したら、ティラは無事でいられるだろうか?」


ここは2階だ。ティラの足下は1階の芝生まで何の障害もなく、彼の手が放れたら、確実にティラはあの芝生に衝突する。


それはつまり、タダでは済まないという事だ。翼を出さなければ、だが。


彼は試したいのか。ここからわたしを落とせば翼を出すと思っているのかもしれない。


どうしよう。翼を出してレンに正体がバレたら彼はどうするだろうか?


わたしを売り飛ばしたり、見世物にしたりするだろうか?


想像出来ない。レンがわたしにそんな事するだなんて。


ダメだ。もう自分に都合がいいようにしか考えられない。


この状況下でもレンを怖いと思えない。信じたいと思っている。


 「試してみる?」


 「そうだね」


レンはそう言って不敵に微笑むと、窓枠に足を掛けティラを引き寄せ抱えると、大きく跳躍して窓の外へと飛び出した。


ティラだけを放すのではなく、レンは自分も一緒に落ちたのだ。


ティラを抱きかかえるレンの腕はティラを護るように包み込んでいる。


このまま落ちたら確実にレンが怪我をする。


嫌だ! それは絶対に嫌!


ティラが出来る事はただ1つ。


この後どうなろうと関係ない。レンが怪我をしなければそれでいい。


ティラは背中にギュッと力を入れて翼を勢いよく出すと、大きく羽ばたいて重力に逆らった。


するとフワッと一度浮き上がったが、思っているよりレンは重く下へと引っ張られた。


 「うわっ!」


必死に翼を羽ばたかせスピードを殺しながら落ちていく。


なんとか地面に着地出来たが、思ったより衝撃を受けた。


 「レン! 大丈夫!?」


レンの目はキラキラしていた。まるで宝物を見つけた子供のように。


危険を冒してまでも冒険したかいがあったというように達成感に満ちている。


ティラは本気で怒りが湧いてきた。


こんな危ない賭けに出て、もしティラが天族じゃなかったら無事ではいられなかったのだ。


それなのにレンは反省するどころかこの喜びよう。


 「バカなの! あんな所から飛び降りて地族が無事で済むわけないでしょ!」


 「助けてくれるって、信じてたから」


 「はあ!」


ティラは怒りのままに吠えた。


 「だって、ティラが天族って事は初めから確証があったし、こうでもしなきゃ打ち明けてくれないだろうな〜と思って。それにきっと助けてくれるって思ってたから」


 「確証があった!?」


 「そう。ティラを一目見た時から、ティラの背中に翼が生えてる姿しか想像出来なかった。ずっと待ってたんだ。いつか君がここへやって来るのを」


 「えっ?」


 「違うな。大じいちゃんの想い人、クララさんを、かな」


 「クララさんって……」


それはティラの曾祖母の名前だ。


 「さっきの写真は大じいちゃんと、ティラにソックリなクララさんが写ってたんだけど。ティラは曾孫なのかな?」


それで隠したのか。


『ばーばの若い頃にソックリだ』と言われ続けて来たが、物心ついた頃には等に皺だらけの顔のクララばあちゃんだったからそんなにか? と半信半疑だったが、そんなに似てるのだろうか?


 「そうだよ」


もう隠す必要はない。翼を出して、レンの前に立っているのだから。


 「会えて嬉しいよ」


 「クララさんじゃなくて残念だったんじゃない」


 「あれ? ヤキモチ?」


 「べつに、そんなんじゃないから!」


そっぽ向いて膨れるティラに、レンは『その顔も可愛いよ』とティラのおでこをパチンと弾いた。


 「痛っ」


 「大じいちゃんだよ。クララさんを待ってたのは。僕はずっと、ティラを待ってた」


 「え!?」


 「なんてね」


 「なによ! バカじゃないの」


 「うそうそ、本当だよ」


もう完全にからかわれてるとしか思えないのに、でもこの飄々と本音を見せず余裕な彼に惹かれ始めている自分に気づき、この先地族とずっと一緒にいる事なんて出来ないと分かっているのに止められそうにない。


 「ティラ?」


考え込むティラの顔を覗き込むようにレンが声をかけてきた。


また顔近っ!


 「なっ、なに!」


 「ティラの本当の歳は?」


 「えっ、17だけど」


 「僕と同い年なんだ……そのわりには幼いね」


 「そんなことないから! 背が低いだけだから」


可笑しそうに笑うレンは楽しそうだ。


 「ティラ、付き合ったことないでしょ」


 「なっ、なんで!? そんなこと、ないけど……」


 「うそ〜。初心過ぎるよ、ティラは」


 「うっ、初心……」


 「そういう所も可愛いよ」


 「なっ!」


なんなんだ! ことやり取りは!? 恥ずかしくてついて行けない。


可愛いとか、レンはただからかっているだけかもしれないが、ティラの心臓は落ち着かず早鐘のように鳴り響く。


レンの言うとおり、ティラは彼氏が出来たことがない。それ所か本気で好きだと思った事もきっとない。


いいなと思った人や憧れた人とかはいたのだけれど、それが恋と言えるのかよく分からなかった。


今、レンに抱く気持ちがどういうものなのか断言は出来ないのだけど、今までにない感情ではある。


これが恋なのかまだ分からない。


けど、レンといるとドキドキするし、彼の顔が近いと緊張する。


そんなティラにはお構いなしに、レンは『見せたい場所があるんだ』とそう言ってティラの手を掴むと駆け出した。

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天と地を繋ぐ想い AYANO @AYANO10311

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