第5話

直ぐさま転送装置の残像が掻き消えると、瞬きの間にティラと父さんは空中へと放り出された。


一瞬の事で、ティラは翼を広げるのを忘れていた。


と言うか、一瞬でこうなる事が予想出来なかったのだ。他の浮島へ行く時はもう少し余韻があるのだ。装置も国管轄だとハイクオリティなのかもしれない。


だいたい父さんも、スタートスイッチを入れる前に、こういう事は言っておかないかな。とは思ったが、父さんがそんな気を遣える人ではない事も分かっているので口に出して突っ込まなかった。


と、呑気に思考を巡らしている場合ではなかった。


ガクンと体は重力に引っ張られ、ティラは下へ落ちそうになっている。


ちゃっかり父さんは、スイッチを押したと同時に翼を広げていたようで、父さんと繋いだ手が辛うじてティラの落下を防いでいたが、腕一本でティラを支えているため、父さんは必死な形相になっていた。


 「ティラ、早く、翼広げろ…」


 「あっ、分かった」


ティラは背中をキュッと上げ翼を出した。


翼は普段小さく収縮していて、羽ばたく時にだけ肩甲骨から伸びるように大きく広がるのだ。


パタパタと羽ばたかせてティラの体を重力から解き放つ。


それを確認すると、父さんはティラの手を離し、いたずらっ子が面白い事を思いついた時のような顔で、『ちょっくら、空中散歩でもしようか』と移動し始めたのだ。


ティラはそんな事をしたら地族に見つからないかと少し不安になったが、何度も来ている父さんが言うことだ。きっと大丈夫だろう。そう結論づけると楽しむ事にした。


浮島は雲よりも遥か上で浮いているので下を覗いても地上の様子は伺えない。


これが正しく初めての地上の景色。


夜、真っ暗な地上に所々明るく光る場所がある。その一つ、三日月の様な形のキラキラと光る場所が、これから降り立つN島で、真っ暗な場所が海なのだと教えてくれた。


ティラが聞いていた海とは青くてキラキラしている所。想像していたものとは全く違っていて驚いた。


 「あんまり綺麗じゃないけど。陸の方が宝石箱のようだよ」


 「夜の海は魔物が住むって言うからな」


 「えっ!?」


 「気を付けろよ。落っこちでもしたら、骨も残らないかもしれないぞ」


 「うそ……」


 「冗談だ」


 「父さん!」


 「ハハハ! そう怒るな。昼間の晴れた日の海は綺麗なんだぞ。青くて眩しいくらいだ。晴れたら見に行こうな」


楽しそうに父さんは宙返りしている。


まるで子供だ。こんな事で大丈夫なのか? 父さんは相当浮かれているように見える。初の娘との地上だから無理もないのかもだけど。


しかし任務と言うのが何なのかティラはまだ知らないのだ。何時までも遊んでばかりは居られないだろう。


 「海なんて見に行く時間あるの? わたしは行きたいけど、任務があるんじゃないの?」


 「あるある。その位の時間たっぷりあるぞ。今回の任務はティラが一緒だから、二倍の早さだ」


 「そんな訳ないじゃん! わたしは任務なんて初めてなんだからね。父さんと同じ働きなんて出来ないから」


 「そうか? まあ、なんとかなるさ」


 「本当に?」


 「ああ、本当本当」


父さんがそう言い切るなら、大丈夫なのかもしれない。


だいたいティラが一緒の時に、難しい任務など回さないだろうし、基本、楽観的な父さん似のティラが遊びを我慢出来る訳ない事もお見通しだろうし、簡単な任務で時間を余らせてくれてるのかも。


 「なら、他にも行きたいとこがあるんだけど」


 「何処だ?」


 「電車に乗ってみたい。それから船に車。鉄の塊が人を運ぶなんて不思議な物は浮島じゃあ見られなから」


 「だと思ったぞ。俺の話でも相当、興味持ってたからな」


 「いいの?」


 「任せろ」


 「父さん、大好き!」


嬉しさが止まらず父さんに抱き着くと、翼のバランスを崩し二人して急降下する。


しかし、そのスリルも楽しんで、あたふたする父さんの顔を拝みながらキャッキャと喜んだ。


 「ティラ、こら離れろ。落ちちまうだろ」


クルクル回転して落下していた二人は、バランスをなんとか立て直した父さんの努力で重力を打ち消し、ふわりと上昇して宙に浮かんだ。


 「いつ行くの?」


逸る気持ちを抑えられず、ティラはキラキラした目で父さんに尋ねた。


 「まずは地上に降りて、地上班が待つ拠点に向かうぞ。明日からの予定はそれからだ。楽しみにしてろよ」


 「うん!」


やっぱり父さんと来たのは正解だった。


母さんは心配していたが、気心知れて、言いたいことも言える父さんに任せれば、きっと大丈夫だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る