第4話
家を出た二人は飛行場へと向かっていた。
浮島は物体の落下防止のため、島全体に球体の結界が張られている。
そのため、島から出るには飛行場にある転送装置を介して島の外へ出なくてはならないのだ。
通常他の浮島へ行く際に使う飛行場は建物の最上階にあり、そこの転送装置から出国するのがだ、地上へ行くことは国家プロジェクトなので、国が管理する地下の飛行場からの出国になる。
なのでエレベーターに乗り込んで地下へ向かうと、入場手続きをするたカウンターへとやって来た。
入場手続きは、産まれた時から、ことあるごとに耳の裏側に魔法陣で刻まれ更新されてきたIDを読み込んで行なう。
IDには名前や誕生日、性別に住所、顔、学歴、職歴、資格、免許に犯罪歴、直系三等親の名前が記録されている。このデータでその人の経歴が全て分かると言っても過言ではない。
「お願いします」
父さんがそう言って耳の後ろを受付の女性に見せると、彼女は魔法陣が刻まれた杖の先端を父さんの耳の後ろへと当てた。
すると、杖の先が緑色に光り、情報を読み込んでいく。光が収まると次にカウンターの中にある記録帳に反映させた。
「下界ですね」
彼女は記録帳に読み込まれた文字を見てそう言うと、また父さんの耳の後に杖を当て情報を送った。
「それではAブロックにお進み下さい」
父さんは『どうも』と言って先へと進んだ。
ティラはお父さんに習って、肩まである髪を搔き上げると、耳の後ろを受付の彼女に見せた。
父さんと同じくスムーズに情報を読み込み記帳すると、彼女は小さな発見を楽しむようにティラを一瞥した。
「グランド学園の生徒さんね。今年は三人とも降りるのね。楽しんで行ってらっしゃい」
受付の彼女はにっこりと笑うと、ティラの耳の後に杖を当て情報を更新した。
「あっ、はい。頑張ります」
そう言って~、何を頑張って楽しむのかと、自分の中で一人突っ込んでいたら、彼女は可笑しそうにクスリと笑った。
顔を赤らめながら父さんと同じくAブロックへ進むと、出発の順番を待つためのロビーへと繋がっていた。
地下の出発ロビーには初めて入るのでワクワクしていたが、他の浮島へ向かうのとあまり代わり映えしなかった。
「なんだか新鮮味がないな〜」
「ああ? まあ、ロビーなんて、みんなこんなもんだろ」
父さんはどうでもいいと言った感じで適当に答えると、キョロキョロと周囲を見渡し出した。もう、ティラのことなど目に入っていないようだ。
幾度も通い詰めている父さんには、ティラのワクワクとした気持ちなんて分からないのだ。
父さんの態度にむくれていると、後ろからティラを呼ぶ声がした。
膨れっ面のまま振り返ると、そこには学年TOP3の成績を持つアーサーが立っていた。
去年まではTOP2をキープしていたが、ティラの頑張によって順位が下がったことに、彼はとても悔しがった。その手助けをしたのが自分の彼女だと知った時には、かなり落ち込んでいたものだ。
「とうとう出発だな」
「うん。アーサーはどの辺に行くの?」
「俺は北A大陸だ」
「そっか。じゃあ遠いね」
「ティラは?」
「わたしはN
「そう危なくないところだな」
「うん。リノアはAF大陸だって。大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。アルゴ特派員が付いてるんだ。人の事よりお前はカイアの夢を奪ったんだから確り勉強してこいよ」
カイアとは、この間まで学年TOP3をキープしていた女生徒で、地上へ行くのを夢見ていた者だ。
その夢をわたしは奪い取ったのだから、”彼女の分まで“とは思っている。
「そうだね」
「でもまあ、ティラが頑張ったことは認めてやるがな」
そう照れながらそっぽ向いたアーサーの耳は赤く染っていた。
その言葉にティラは嬉しくなって、アーサーの背中に飛びついた。
「ありがとう、アーサー! リノアに助けて貰って、いっぱい、いっぱ〜い頑張ったんだよ!」
アーサーの首にぶら下がり、足をブラブラさせて喜んでいると、アーサーはダルそうに言った。
「……分かったから、降りろ」
「!」
ティラは言われるままに、足を地面に下ろしアーサーから離れた。
呆れているのが声で分かったからだ。
案の定、こちらを振り返ったアーサーは呆れ顔だ。
「まったく、誰かれ構わず飛びつくなよ」
彼からすれば公共の場で、彼女でもない者に抱き付かれるとか、有り得ないことだろう。
「嬉しくなると、つい…」
ティラが誤魔化すように笑って頭を搔くと、アーサーは『リノアが出発していて良かった』と小声で呟いていた。
そこに、アーサーと共に地上へ降りるマイティア特派員が近づいてきた。
「アーサー君、私から離れないで貰えるかしら。今からこんな事では困るの。下界は危険なのよ。何か遭ってからでは遅いのだから」
「すみません」
どうやらアーサーは、何も言わずにティラの所へやってきていたようだ。
アーサーは自分の目で確かめた事でないと納得しない主義だから、色々と見て回りたかったのだろう。
「ティラ嬢も、これらかなのね」
「はい。さっき着いた所なので順番待ちです」
そう言って父さんを確認するとソワソワと落ち着かず何かを探しているようでマイティアさんが居ることに気付いていない。
「父さん! さっきから何してるのよ。マイティアさんだよ」
「おお、マイティア。アルゴ見なかったか」
えっ、さっきから探してたのはアルゴさんなの! 何処までアルゴさんの事が気になるのよ。って、そう言えばアーサーがリノアは……
「アルゴ先輩なら、もう出発されました」
いつもの事なのか、マイティアさんは面倒くさそうだ。
「なに! 先を越されただと! ティラ、俺たちも今すぐ出発するぞ」
「えっ、何?!」
父さんはティラの腕を掴むと、グイッと引っ張って歩き出そうとする。
ティラが驚いていると、マイティアさんが慌てて父さんの手を掴み制止させた。
「なにやってるんですか、ゴルティファ先輩! 無茶ですよ。ここは一旦落ち着いて」
「お前、いつ出発だ」
「ええ!? 私達はそろそろ時間ですが……」
「替われ」
「はぁ? ホントなに言ってるんですか。そんなこと無理ですから。順番ですからね! 大体行き先だって違いますし」
「ちっ」
拗ねた父さんに手を焼くマイティアさんを見かねてティラは助け舟を出した。
「マイティアさん、ここはわたしが。これ以上ここに居たら、父さんなに言い出すか分かりませんよ。出発の時間にも遅れてしまいます」
「そうね。それでは先輩、ティラ嬢。お先です」
「こら、待て!」
父さんが吠えてるのを他所にアーサーもマイティアさんに習う。
「じゃあ、俺も行くわ。ティラも気を付けてな」
「うん。アーサーも気を付けてね。行ってらっしゃい」
二人を見送った後、拗ねた父さんと共に出発時間を待ち、ようやくその時間を迎えると飛行口へと向かった。
下界行きの飛行口には、幾つかの転送装置が列んでいて、それぞれに目的地のエリアが入り口の上に表示されていた。
その中に入りIDを読み込ませると、ピンポイントで目的地上空へと転送されるそうだ。
出来れば地上まで行ければいいのだが、転送装置にも限界があるのだという。
そのため、上空から地上までは自らの翼で降り立たなくてはならない。
だから、出発は夜が好ましい。出来れば今日のように新月だと尚にいい。
学生であるティラを連れて行くから、父さんもこの日を選んだのだろう。アルゴさんやマイティアさんも同じ考えだったに違いない。
転送装置の前に立ち、ティラは高鳴る興奮と期待感で胸がドキドキと五月蝿く鳴いていた。
この中に入れば数秒で浮島から飛び出すのだ。初めての地上では、今まで見たこともない物が目に飛び込んで来るのだと思うと、ワクワクで脳がとろけそうだ。
少々心配なのは、浮かれ過ぎてあっと言う間に父さんとはぐれてしまうんじゃないかということぐらいだろうか。
「ティラ、行くぞ」
父さんは、ボーッとしていたティラの手を掴むと、グイッと引っ張り転送装置の中へと入った。
すると心配だった気持ちも、この手を握っていればきっと大丈夫。などと、ずっと握っている訳でもないのに簡単に思ったのだ。
中に入ると父さんは、読み込み装置に耳の後ろのIDが見えるように立つようティラに指示すると自身もそうする。
「よし。行くぞ!」
と父さんは気合いを入れるとスタートスイッチを押した。
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