ありがとうが言えた日

第13話

目覚めたところは予想通り、病院のベッドの上だった。


ゆっくりと動かしていなかった筋肉を使って起き上がると、身体の状況を確かめた。


ブラクリーが見せてくれた時とは違い、大層な包帯は取られていたが、腕には点滴が施され、静かに水滴を垂らしている。個室であるため、他の患者は見あたらない。


パパもママも、今は部屋にはいなかった。


やっぱり、初めだけだったのかな? 仕事が忙しいのはわかっていたことだし、いつ目覚めるかわからない娘を、二人して待っていても生活していけないことはわかりきってるし。ここの病院代も結構するんだろうな~。なんといっても個室だし。


結局、これが現実なのかもしれない。あれも全部、夢だったんだろうか?


そう思って耳に手をやると、そこには、ちゃんとピアスがぶら下がっていた。そして、手首に目を落とすと、確りとブレスもはまっている。


「夢、じゃなかったんだね」


ホッとして呟いた。


もし、あれが妄想なら、わたしを愛してくれた事実さえなかったことになるとこだった。


そうじゃないことがわかると、この現実も前を向いて歩ける。あいつらと共に過ごした記憶があれば、それで大丈夫。


だが、これが強がっているだけだともわかっていた。それでも、あの二人との思い出が力を貸してくれると信じてる。


涙を流した跡が気になり頬を拭っていると、扉が開かれ、目の下にクマを作ったママが入ってきたのだ。


「あっ」


「卯乃香……。ああ~卯乃香!」


ママはそう言って駆けよると、ギュッとわたしを抱きしめてくれた。


「良かった、良かった、良かった。本当に良かった~」


ママの声は震えていた。こんなママ、初めて見た。


予想外の登場に、諦めていた心がついていけず、抱きしめられたまま固まっていた。


どうしよう。なんて言ったらいいんだったっけ? わたし、なにを言いたかったんだった? 考えても、頭の中は真っ白で思い出せない。


だって、さっきまで最悪なこと思ってたもの。期待してたんだよ。目を覚ました時、ベッドの脇にはパパとママがいて、手を握ってくれていて、わたしの目覚めを喜んでくれるって。でも、現実は違って、ホントはガッカリして辛かったんだから。また、心、閉ざして自分を護ろうとしたら、そしたら、ママが入ってきて抱きしめてくれるなんて。もう、遠い昔の記憶にもないくらい、この暖かさ、味わってなかったから。


「ママ」


わたしの呟いた声とかぶるように、扉の方から別の声がかけられた。


「卯乃香!」


「パパ」


そう呟くと、パパは壁にもたれかかり 『良かった』 と零すと、頭をコツンとさせた。


「パパ、ママ、心配かけてごめんなさい。それから、愛してくれて、ありがとう」


それを聞いたパパとママは、目を大きく見開くと、大粒の涙を零した。


二人は、オイオイと顔を覆って泣いている。


やっとこの台詞が素直に言えた。


ずっと愛されてないのだと思っていたけど違ったのだと今ならわかる。


“ありがとう” 魔獣達にも、そう心で伝えた。


胸がスッと軽くなった気がした。きっと、クリスターが答えたんだと思うことにした。


繋がってるから、わたしがマイナス思考になるたびに、心を食らって魔力にしていくんだろうな。これからもずっとこの関係は終わらない。


わたしはきっと魔界に行く。確信している。未来永劫、彼らと繋がっている。


そっとピアスに手を触れて、わたしは遠い未来に思いを馳せた。

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